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フランソワ・オゾン監督の最新作『17歳』
フランソワ・オゾン監督の最新作『17歳』を観てきました。

パリに住む17歳の美しい女子学生が娼婦になって売春する映画。
これだけだと少女の非行を扱った典型的なドラマを思い浮かべてしまうが、
日本のドラマのように転落の理由を大げさに分かりやすく演出するのではなく
ただひたすら彼女の日常生活が描かれている。
そこには家族があり友人があり、そしてその延長にホテルでの密会がある。
エレガントで気品漂う映像は、モデル出身で映画初主演のマリーヌ・ヴァクトの
美しい姿とそれを冷静に見つめる静かなカメラワークによるもの。
フランスでも未成年による売春の問題はかなり多いらしい。
しかしこの映画はドキュメンタリーでも売春についての映画でもない。
売春を通して彼女が求めていた何かを見つける映画となっている。

フランソワ・オゾン監督の最新作『17歳』_e0141635_11285777.jpg


【ストーリー(一部ネタバレがあります)】
夏、美貌の女子学生イザベル(マリーヌ・ヴァクト)は家族と一緒に過ごしていたバカンス先でドイツ人の男性フェリックスと初体験を終える。
しかしその翌日には恋は冷めてしまい、
バカンスが終わるころにはフェリックスに挨拶もせずにパリへ帰る。
秋、彼女は地元パリで名門高校に通いながら娼婦として金を稼ぐようになっている。
SNSを通じて客とやりとりし、家族には内緒でホテルに通い続ける日々が続く。
しかしある日、常連客であった初老の男ジョルジュがホテルのベッドの上で急死してしまう。動転したイザベルはその場から逃げてしまい、罪悪感を背負いながら以前の日常に戻っていく。
しかしその後、警察の捜査によって彼女が娼婦をしていたことが家族にばれてしまう。
そして冬がやってくる。

【主演女優マリーヌ・ヴァクトについて】
フランソワ・オゾンが見出したモデル出身の新人女優です。
その突出した美しさは観る人をスクリーンにくぎ付けにしますが、
彼女の魅力は、場面が変わるたびに印象を変える多面的な顔立ち。
シーンごとに変化する女性の役割をうまく表現している。
バカンスでのそばかすの残る少女の顔から、仲のいい弟と話すときの姉の顔、
どこにでもいるパリの女子学生の顔、そしてパリでの冷たく妖艶な娼婦の顔。
それは常に複数の顔を持つ女性という生き物の性質をよくとらえている。

【パリに住むリアルな家族を描き出す】
彼女をとりまく家族もいい役者がそろっている。
特に主人公イザベルの弟がとても自然で素晴らしい。
映画の冒頭も弟が姉を眺める視線から始まる。
姉と非常に仲が良く、なんでも話せる仲で、
姉の初体験についてしつこく聞き、姉を怒らせるほど。
弟の前ではイザベルも素の自分を出して、自然な笑顔を見せている。
その会話はとても自然で、映画とは思えないほどだ。
娼婦の顔と姉の顔のギャップを際立たせる意味でも、
この弟の存在はとても重要であり、イザベルの家族が
圧倒的なリアリティをもって浮かび上がってくる。
イザベルを心配する母や、すこしのんびりして穏やかな義父もまた
いい味を出している。
だからこそ観客は何故イザベルが娼婦の仕事をしているのか分からず、
彼女の無表情な姿に理解のできない恐ろしさを感じる。
『17歳』は家庭崩壊のようなドラマ的で画一的なストーリーではなく
ごく普通の幸せな家族を丁寧に描くことによって、
彼女の抱える問題を非常に繊細に表現している。

【イザベルという女性の恐ろしさ】
そんな家族の中で、イザベルだけが他の生き物のように見える。
初めて恋人のできた女性としての可愛らしい笑顔、家で弟に見せる姉としての素の笑顔
しかしその奥に横たわっているのは底の見えない無表情だ。
パーティーでキスをした同級生と付き合うようになり、
一見映画はハッピーエンドに進んでいくかのように錯覚する。
しかし、家に招いた同級生のボーイフレンドに対し、「セフィニ(もう終わり)」と告げる。その理由はよく分からない。
しかし彼女の表情の冷たさは人生には愛も喜びもないと言っているように見える。
家族には秘密にしている娼婦の顔こそが、彼女の本性にも見えるけど、それさえも本物ではない。彼女の行く先がまったく見えないまま、映画はラストに向かっていく。
美しい映像の中に女性の恐ろしさを描いたこの作品は
以前に見たオドレイ・トトゥ主演の『テレーズ・デスケルウ』にも似ている気がした。

【思春期の本当の姿を炙りだす】
彼女が恐ろしいと書いたが、それはもしかしたら思春期特有のものかもしれない。
映画に出てくるのは全て思春期によくある一場面。
初めての恋、学生生活、家族との確執。
それはあとから思い出すと美しく懐かしい時期なのかもしれないし、
実際に思春期を扱った映画には感傷的で美しいものが多い。
映画『17歳』の中で高校生が授業で朗読するランボーの詩のように、
それは美しい果実や心地よい風のように見える。
しかし実際には不安定で傷つきやすく、子供にとって最もハードな時期。
性を知ることで、今までにない自分を見つけ、どれが本当の自分か分からなくなる。
イザベルが浜辺でセックスをしているとき、もう一人の自分が暗い浜に立って
じっと自分の行為を観ているという場面がある。性を見つけることによって
もう一人の自分が現れてくる思春期の瞬間をオゾン監督は見事に映像化した。
そして不意に現れたもう一人の自分を探すためにする冒険が、『17歳』なのだろう。
しかし不幸なことに、彼女が向かったのは娼婦として人と交わることだった。

【売春によって得た束の間の自由】
売春のやり取りの場面は非常にリアルだ。
「水曜日に○○ホテルで300ユーロ」というような内容をメールでやり取りし、
年上の男性とホテルでの密会を重ねていく。
それぞれの客の嗜好も違うし、その映像から欲望の細かさや慌ただしさを見てとれる。
ここまで細かく描いたのは、イザベルの成長の一部に売春が重要な役割をしているから。彼女は普通の恋愛よりも売春に静かな生きがいをもつようになっている。
そこには金銭のやりとりという安心感があり、確かな実感があるためだろう。
自分だけの秘密を持つことにより、自由になれたという錯覚もあるかもしれない。
その中でジョルジュという初老の客に出会い、彼にだけは心を開くようになる。
その後ベッドでの彼の死がイザベルの人生に大きな影響を与え、
彼の妻(シャーロット・ランプリング)が彼女へ重要な人生の道を指し示すことになる。
あたかもイザベルの守護神のように。

映画に出てくる彼女の恐ろしさは、もう一人の自分を探そうとしても
見つからない彼女のもがきでもある。
娼婦をしたいわけでもなく、ただもがく行為の結果として売春があったのかもしれない。

この映画は、一言で言えば美しかった。
美しいもので出会ったとき、
その秘密をもっと探りたいと思う。
しかし彼女の先には何も見えない。
彼女の瞳が見ているのは追っても追いつけないもう一人の自分なのかもしれない。

『17歳』("Jeune&Jolie" 2013/フランス)
監督:フランソワ・オゾン
出演:マリーヌ・ヴァクト、ジェラルディン・ペラス、フレデリック・ピエロ、ヨハン・レイゼン、シャーロット・ランプリング
by kou-mikami | 2014-02-23 11:34 | パリの映画
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