アッバス・キアロスタミ『24フレーム』
「世界で最も○○な」といった表現は好きではないが、この映画に関してはどうしても使いたい。アッバス・キアロスタミ監督の遺作である『24フレーム』を観て来た。これは、間違いなく世界で最も美しい映画の一つだと思う。この映画はアジアの映画作家の育成に大きな影響をもたらす映画祭「第18回東京フィルメックス」(2017)の特別招待作品として上映された。

最近のキアロスタミ監督の作品ではよくあるように、いわゆる映画的なストーリーはない。写真が撮られた瞬間、その前後にはどのようなことが起こっているのかという発想を基にして作られた作品のようで、いわば映画と写真が融合されたような実験的で不思議な世界となっている。
『24フレーム』はタイトルの示すとおり24章で構成され、各章4分で区切られている。しかもカメラは完成された絵画のように常に固定され、動くことを頑なに拒んでいる(それがタイトルにあるフレーム、つまり写真的な「枠」を意味している)。それはまるで石のような無機物から見た視線のようだ。最初の章だけ、ピーテル・ブリューゲルの絵画『雪中の狩人』をモチーフにした映像作品になっているが、それ以外はキアロスタミ監督自身の写真を基にして映像化したオリジナル作品のようだ。大雪の中で威嚇しあう鹿、大自然の中でさえずる鳥、海辺で寝そべる牛、サバンナで佇むライオンなどが、固定された映像の中でただこの瞬間を「動」もしくは「静」として生きている。他にもエッフェル塔を眺める家族たちや、高速道路の近くにいる鳥、窓辺のパソコンなど、人間世界の一部を切り取ったような章もある。
しかしどの章にも共通するのは、作られたストーリーはないこと。そこにあるのは偶然が生み出す美しさ。ただ動かない、ただ動く。作られたストーリーがないからこそ、ある瞬間に生まれる生き物たちの動きは奇跡的である。それでいながら、完全に計算された構図は絵画的で、写真家でもあるキアロスタミらしい。そして、固定された映像は、世界のどこかに確かに存在するその場所だけが持つ力を秘めている。

世界は、人間たちが中心となって作り出した人道的・友愛的な美しさでだけはない。そのほとんどは自分が生きることだけに誠実な本能が支配する世界である。人間たちの支配が行き届かない、それら全ての場所がかけがえのない美しいものであることを彼の映画が教えてくれる。「美しさとは何か」という問いは難しいが、その答えの一つはこの映画の中に見出せるかもしれない。

世界の大部分はストーリーがない場所で占められており、ほとんどの人はそのことに気づかないか、見かけても何もないと判断して通り過ぎてしまう。しかしこの映画はそんな場所に根気強く光を当て、世界はこのような美しさで満ちていることを私たちにそっと教えてくれる。最初に彼の映画を実験的で不思議な世界と書いたが、実際にはそうではないかもしれない。もともと世界は、キアロスタミ監督の描く世界そのものだったし、今もそうである。そのことをただ人々が忘れてしまっただけなのだろう。

ストーリー偏重の最近の商業優先の映画界の中で、この映画は巨大な大陸から離れた孤島の中の孤島だ。そんなひっそりした場所に息づくこの映画を観終わったとき、世界は多様性に満ちていることに気づく。監督自身はこの映画の完成前に惜しくも他界した。彼はあまりにも美しいものをこの世界において、旅立ってしまったのだ。

24フレーム "24Frames"
アッバス・キアロスタミ / 2017年
イラン・フランス合作

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# by kou-mikami | 2017-11-27 10:02 | フランス映画
ジャック・ドワイヨン『ラブバトル』

恋愛映画というものは数多くあるが、
ジャック・ドワイヨン監督の『ラブバトル』は
今までの恋愛映画が決して描かなかった部分のみで構成された映画といえる。
そしてだからこそ、最も自然で普遍的な愛を描くことに成功したのだろう。

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"Mes séances de lutte"より

この映画に物語はほとんどない。登場人物の背景もほとんど語られない。
父の葬儀のために女が生まれ故郷に戻ってきたところから始まる。
フランスらしい美しい自然豊かな田舎の村だ。
女が隣家の男と再会し、次第に愛し合う。この映画にあるのはこれだけだ。
しかも通常のセックスではなく、激しい争いのような体のぶつけ合い。
愛が愛と呼ばれる前の原始的で荒々しい男女のもがきだけ。
それゆえに新鮮で美しく、観る者を圧倒する。
泥の中でもがきあう2人の姿はまるで神話の世界を見ているかのようだ。

しかし、映画の中の男と女は何故こんなに激しく闘うのか。
生身の体をぶつけ合うことで2人は何かから開放されようとしているのかもしれない。
文明の発達によって人間は頭で思考するようになり、そのために肉体が置き去りにされた。
そして愛が意識化で語られるものとなり、窮屈になってしまった現代。
2人の愛情表現はそんな現代に失われてしまったものを取り戻そうとする闘いのようだ。
それは人間が本来持っていた肉体、そして古代の平穏さなのかもしれない。

監督は母を失くした4歳の少女を描いた『ポネット』(1997)で有名なジャック・ドワイヨン。モーリス・ピアラ、フィリップ・ガレルらとともにポスト・ヌーヴェルヴァーグといわれている監督。『ポネット』は主演の少女が第53回ベネチア映画祭主演女優賞をわずか5歳で最年少受賞したことでも有名で、今回の映画はその公開から16年ぶりの劇場公開作品(2013年に公開)となる。
ちょっと不思議なタイトルである『ラブバトル』(原題"Mes séances de lutte")の由来はポール・セザンヌの名画"La Lutte d'amour"から。
4組のカップルが全裸で組み合っているその絵画の複製を監督は机の上に貼っていた。そしてそこから得られるものを書かなければいけないという衝動に駆られたという。

「女」役は『L'AMOUR EST UN CRIME PARFAIT』に出演したサラ・フォレスティエ、「男」役はチャールズ・チャップリンの実孫で俳優や舞台演出家として活躍するジェームズ・ティエレ。どちらも素晴らしい体当たりの演技でジャック・ドワイヨン監督の熱意に応えている。登場人物が極端に少ないが、単純に男と女の行動に絞ることで、根源的で激しい愛をまるで絵画や演劇のように肉体として描くことに成功した。

18世紀頃からヨーロッパでは、情熱的な愛を雷に例えたが、それは古代から現代まで変わらない人間の感情だと思う。ただそのあとの過程が現代では洗練され、古代ではもっと直接的で荒々しいものだったのかもしれない。『ラブバトル』はその再現ともいうべき唯一無二の映画かもしれない。

ストーリーを描くのではなく、ひたすら男女の行動だけを描く。人間が本来もっている激しい根源的な愛を描いた映画。

『ラブバトル』"Mes séances de lutte"
2013 / フランス
監督:ジャック・ドワイヨン
主演:サラ・フォレスティエ、チャールズ・チャップリン


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# by kou-mikami | 2017-02-02 09:27 | フランス映画
フランソワ・オゾン『彼は秘密の女友だち』

親友の夫に女装趣味があることを知ってしまったら。『8人の女たち』『17歳』などで知られるフランソワ・オゾン監督の最新作『彼は秘密の女友だち』はそんなハプニングから人を惹きつける珍しい映画だが、自身がゲイであることを公表しているオゾン監督の作品であれば、とくに驚くものではない。

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画像:映画『彼は秘密の女友だち』より

物語の舞台は緑豊かなパリ郊外の高級住宅地。そこに住むクレールは病気で亡くなった親友の夫であるダヴィッドが女装趣味を持っていることを偶然知ってしまう。一人で子育てをするダヴィッドの様子を見に出かけていったとき、彼が妻の服を着て子供をあやしているところを見てしまったのだ。最初は嫌悪感から逃げ出してしまったクレールだが、妻を失ったデヴィットを慰めるために彼の家を訪問するたびに、その趣味を受け入れていく。しかしある日、デヴィッドと2人で旅行に出かけたことがクレールの夫にばれてしまう。

女装に目覚めて新しい自分を見つけていくダヴィッドの嬉しそうな顔がすごくいい。ダヴィッド役であるロマン・デュリスの演技の素晴らしさによるものだ。そこには新しい人生を思う存分に生きる、うらやましくなるほどの開放感がある。そしてダヴィッドが女性の性に目覚めるのと呼応するかのように、クレール自身も女性の性の魅力にはまりこんでいく。女装趣味という秘密を共有することで、2人の「女友だち」が性別を超えたなにかを発見していく友情ストーリーともいえる。トランスジェンダーの問題を扱ったフランス映画は多いが、そこにあるのは複雑で難しい恋愛ではなく、実はシンプルな恋愛と友情だけ。フランス映画の素晴らしさはまさにそこにある。

今までと違う自分として生きるのはとても勇気がいること。自分が何者なのか悩み、社会に受け入れられるのか不安になるはずだ。だけどその先には本当にやりたかった人生が待ってるかもしれない。女装は少々極端な例かもしれないけど、外見を変身させることで違う人生を歩むことだってできる。それはきっと開放的で素晴らしいことなのだろう。『彼は秘密の女ともだち』のダヴィッドのように。

『彼は秘密の女友だち』"Une nouvelle amie"
2014 / フランス
監督:フランソワ・オゾン
主演:ロマン・デュリス、アナイス・ドゥムースティエ
原作:ルース・レンデル『女ともだち』


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# by kou-mikami | 2017-01-30 08:51 | フランス映画
イングマール・ベルイマン『仮面/ペルソナ』
イングマール・ベルイマンの『仮面/ペルソナ』を観た。
スウェーデンの世界的巨匠による1966年の作品。

後にベルイマンの作品に出演し続けるリヴ・ウルマンが
初めてベルイマンの映画に出演した記念すべき作品でもある。
女性2人しか登場しない設定とシンプルなタイトルに惹かれて鑑賞したが
予想以上に前衛的で難解な映画だった。
そして自分にとっては忘れることのできない映画の一つとなった。

【前衛的な映像で始まる不吉なオープニング】
どこが前衛的だったかといえば、オープニングの映像部分。
映画とは一見関係ないような別のフィルムがいくつも挿入され、
そのどれもが不吉なイメージを喚起させるものばかり。
まるで実験映画を観ているような落ち着かない気分になった。
しかしそれらの映像が後で主人公たちの内面に隠された心理を
表わしていたものだということが分かってくる。

【幾通りにも解釈できる難解なストーリー】
そしてこの映画の難解さはストーリーが常識で見る限り
破綻している点にある。
といってもSFのようなありえない世界が現れるわけでも空想の生き物が
登場するわけでもない。
描かれるのは2人の女性の静かな生活。設定はミニマリズムそのもの。
そのモノクロ映像はどの場面をとってもあまりに美しい。
しかし後半から2人の人格が徐々に曖昧になっていく。
同じ会話が繰り返されたり、アルマがエリザベートとして振舞うようになったりと
途中でどちらがどちらなのか分からなくなる場面があり、
そのためにストーリーの解釈が幾通りにも分かれることになる。
一体今話をしているのはどちらなのだろう?と。
あまりに不可解な展開に、観ていたDVDを留めて巻き戻してしまったほどだ。

現実世界の日常が舞台でありながら、本来はありえない2人の人物の
混同(同化)が起こるところが、この映画を複雑なものにしている。
途中で2人の顔が合わさる合成シーンがあるが、
監督が顔の似ている女優2人を起用したというだけあり
違和感なく溶け合っていく映像が怖いほど見事である。

【主なストーリー(※ネタばれあり)】
物語は舞台女優エリザベートが失語症にかかるところから始まる。
病院で検査を受けても原因が分からず、
治療のために看護婦アルマと2人で海辺の別荘で療養生活を送ることになる。
最初は看護婦と患者という関係だったが、自然の中で生活をしていくうちに
2人は次第に親しい友人のように打ち解けていく。
アルマは黙ったままのエリザベートにいろいろな打ち明け話をするようになるが
その告白をエリザベートが手紙に書いてしまったことをきっかけに
裏切られたと思ったアルマは怒り、2人は反発しあうようになる。
最後には2人の人格が溶け合い、アルマが一人で別荘を出て行く。

【ドッペルゲンガーを描いた物語】
この映画を観終わったとき、私はどちらか1人が存在しないのだと思った。
ヨーロッパの人々が信じているドッペルゲンガー(分身)という現象を
ベルイマンなりの解釈で描いた映画なのではないだろうか。
つまり(おそらく)アルマは実はたった一人で療養生活を送っていて
その間に自分の中にあるもう一人の人格=分身(エリザベート)を見つけたのだと
思った。もしくはその逆のパターンかもしれない。
そう思えば、途中でアルマがエリザベートに成り代わるといった
不可思議な現象も分かる気がするし、
ラストでアルマだけが別荘を出て行くシーンも納得がいく。
またドッペルゲンガーの特徴として興味深いのが「周囲の人物と会話をしない」ということ。
その特徴から考えれば失語症に陥って会話をしなくなったエリザベートが
アルマの分身だったのではないかという推測も成り立つ。
これは1人の人間の中にある2つの人格を描いた映画なのかもしれない。
つまりアルマが内面に隠されていた自分自身を知る物語といえるだろう。

【もう一つの個人的解釈】
しかし数日して、私はもう一つの可能性を考えた。
どちらか1人しか存在しないのではなく
実は2人とも存在し、映画は2人の女性のそれぞれの世界をパラレルに描いているのではないか。
よく観るとラストには別荘を出た後の2人の姿がそれぞれ描かれている。
女優エリザベートが自分の中にある看護婦アルマを発見していく世界と
看護婦アルマが自分の中にある女優エリザベートを発見していく世界。
この映画は2つの世界を同じ場所で同時進行で見せている類まれな映画なのかもしれない。
そういう意味では2人の視点から描いたドッペルゲンガーの映画といえるだろう。

【もう一人の自分への告白】
ドッペルゲンガーと並ぶこの映画の重要なモチーフは「告白」である。
彼女たちはお互いに心の奥にしまいこんでいた告白をするが、
その内容はどちらも子供への罪悪感に関するものだった。
アルマは望まない妊娠による堕胎を経験し、
エリザベートは母性の欠如を指摘され、愛することのできない子供を産む。
不幸な子供の存在が2人の女性の生活に暗い影を落としており、
その心理がオープニングに登場する子供のシーンに表れている。
互いに罪を告白することにより心が開放されるが
2人とも告白を聞かされて強い衝撃を受ける。
それは2人が心の奥では一つであることを意味するのではないか。
そして告白によって互いの心の中が一つの闇で支配されていることを知った2人は
徐々に人格を同化させていったのではないだろうか。

【ベルイマンの影響を受けた映画監督】
この映画は多くの映画監督に大きな影響を与え、
自分の中にある別の人格というテーマで数多くの映画が
撮られている。

レオス・カラックスも影響を受けた監督の一人だろう。
13年ぶりに発表した新作『ホーリー・モーターズ』でも
一人の人間の様々な人格が人生の疲れを通して表現されている。
『仮面/ペルソナ』の冒頭に出てくる子供の姿と
『ホーリー・モーターズ』の冒頭に出てくるカラックス自身が
なんだか似ているように見えたのは自分だけだろうか。

『仮面 / ペルソナ』 "PERSONA"
1966 / スウェーデン
監督:イングマール・ベルイマン
出演:ビビ・アンデショーン、リヴ・ウルマン
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# by kou-mikami | 2016-02-05 19:21 | パリの映画
ミシェル・ウエルベック『服従』
ミシェル・ウエルベックの『服従』を読んだ。
イスラーム同胞党というムスリムの政権が実権を握った近未来のフランスが舞台。
主人公はソルボンヌ大学で教鞭をとる中年教授で、19世紀のデカダンス作家ユイスマンスを専門としている。
文学に精通しながら孤独な性生活を送る彼が最終的にイスラム教に改宗するまでを描いた物語である。

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フランス国内でキリスト教の人口よりイスラム教が増えるという大きな出来事を契機に価値観が根底から崩される日常が淡々と描かれ、見えない透明な影が迫ってくるようで怖い。
現代政治を背景にしながらも、描かれるのは個人の内省的な世界。文学教授ならではの作家愛や、過去と未来に関する考察、宇宙の成り立ちなど知的な会話が満載のフランスインテリの世界が繰り広げられる。

日常の中に入り込んでくるイスラム教によって、彼の世界観は徐々に変えられていく。
そしてもはやキリスト教では自分の孤独は救われないことに気づく。
ムスリムの教授たちと交わされる会話の中で、宇宙に関する考察が出てくるのが興味深い。

わたしが言いたかったのは、宇宙は確実に、インテリジェンス・デザインの徴を帯びているということで、それは巨大な知性によって考えられたプロジェクトの実現なのです。

だいたい、どこにでもある星雲の広げた腕の先にある、無名の惑星の上に住むこの虚弱な生きものが、小さな手を挙げて『神は存在しない』などと主張するなど、少しばかり馬鹿げているところがあるのではないでしょうか。(ミシェル・ウエルベック『服従』)


宇宙は神が作ったものであり、知的で合理的なデザインによるものだということ。
そこに服従することで幸福が得られるというものだ。
人間が世界の中心ではなく、宇宙というデザインのほんの一部に過ぎないということだろうか。
そう考えると、イスラム教は非常に科学的な宗教のような気がしてくる。

ミシェル・ウエルベックの『服従』は、テロリストによるシャルリー・エブド社襲撃事件の当日に出版されたことで話題になり、また「イスラム教とフランス」という内容の現代性からフランス国内で大きな議論の的となった。日本でもメディアで取り上げられたが、思ったほど過激な内容ではなかったように思える。イスラム政権となった近未来フランス社会はたしかに刺激的な舞台だが、主人公の周りにあるのは恐ろしいほど静かな世界だ。それは一人の中年男の孤独な愛の物語であり、イスラム教という新しい愛の形を受け入れる時間である。
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# by kou-mikami | 2015-12-11 08:15 | パリの小説



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