カテゴリ:フランス映画( 4 )
ジャック・ドワイヨン『ラブバトル』

恋愛映画というものは数多くあるが、
ジャック・ドワイヨン監督の『ラブバトル』は
今までの恋愛映画が決して描かなかった部分のみで構成された映画といえる。
そしてだからこそ、最も自然で普遍的な愛を描くことに成功したのだろう。

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"Mes séances de lutte"より

この映画に物語はほとんどない。登場人物の背景もほとんど語られない。
父の葬儀のために女が生まれ故郷に戻ってきたところから始まる。
フランスらしい美しい自然豊かな田舎の村だ。
女が隣家の男と再会し、次第に愛し合う。この映画にあるのはこれだけだ。
しかも通常のセックスではなく、激しい争いのような体のぶつけ合い。
愛が愛と呼ばれる前の原始的で荒々しい男女のもがきだけ。
それゆえに新鮮で美しく、観る者を圧倒する。
泥の中でもがきあう2人の姿はまるで神話の世界を見ているかのようだ。

しかし、映画の中の男と女は何故こんなに激しく闘うのか。
生身の体をぶつけ合うことで2人は何かから開放されようとしているのかもしれない。
文明の発達によって人間は頭で思考するようになり、そのために肉体が置き去りにされた。
そして愛が意識化で語られるものとなり、窮屈になってしまった現代。
2人の愛情表現はそんな現代に失われてしまったものを取り戻そうとする闘いのようだ。
それは人間が本来持っていた肉体、そして古代の平穏さなのかもしれない。

監督は母を失くした4歳の少女を描いた『ポネット』(1997)で有名なジャック・ドワイヨン。モーリス・ピアラ、フィリップ・ガレルらとともにポスト・ヌーヴェルヴァーグといわれている監督。『ポネット』は主演の少女が第53回ベネチア映画祭主演女優賞をわずか5歳で最年少受賞したことでも有名で、今回の映画はその公開から16年ぶりの劇場公開作品(2013年に公開)となる。
ちょっと不思議なタイトルである『ラブバトル』(原題"Mes séances de lutte")の由来はポール・セザンヌの名画"La Lutte d'amour"から。
4組のカップルが全裸で組み合っているその絵画の複製を監督は机の上に貼っていた。そしてそこから得られるものを書かなければいけないという衝動に駆られたという。

「女」役は『L'AMOUR EST UN CRIME PARFAIT』に出演したサラ・フォレスティエ、「男」役はチャールズ・チャップリンの実孫で俳優や舞台演出家として活躍するジェームズ・ティエレ。どちらも素晴らしい体当たりの演技でジャック・ドワイヨン監督の熱意に応えている。登場人物が極端に少ないが、単純に男と女の行動に絞ることで、根源的で激しい愛をまるで絵画や演劇のように肉体として描くことに成功した。

18世紀頃からヨーロッパでは、情熱的な愛を雷に例えたが、それは古代から現代まで変わらない人間の感情だと思う。ただそのあとの過程が現代では洗練され、古代ではもっと直接的で荒々しいものだったのかもしれない。『ラブバトル』はその再現ともいうべき唯一無二の映画かもしれない。

ストーリーを描くのではなく、ひたすら男女の行動だけを描く。人間が本来もっている激しい根源的な愛を描いた映画。

『ラブバトル』"Mes séances de lutte"
2013 / フランス
監督:ジャック・ドワイヨン
主演:サラ・フォレスティエ、チャールズ・チャップリン


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by kou-mikami | 2017-02-02 09:27 | フランス映画
フランソワ・オゾン『彼は秘密の女友だち』

親友の夫に女装趣味があることを知ってしまったら。『8人の女たち』『17歳』などで知られるフランソワ・オゾン監督の最新作『彼は秘密の女友だち』はそんなハプニングから人を惹きつける珍しい映画だが、自身がゲイであることを公表しているオゾン監督の作品であれば、とくに驚くものではない。

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画像:映画『彼は秘密の女友だち』より

物語の舞台は緑豊かなパリ郊外の高級住宅地。そこに住むクレールは病気で亡くなった親友の夫であるダヴィッドが女装趣味を持っていることを偶然知ってしまう。一人で子育てをするダヴィッドの様子を見に出かけていったとき、彼が妻の服を着て子供をあやしているところを見てしまったのだ。最初は嫌悪感から逃げ出してしまったクレールだが、妻を失ったデヴィットを慰めるために彼の家を訪問するたびに、その趣味を受け入れていく。しかしある日、デヴィッドと2人で旅行に出かけたことがクレールの夫にばれてしまう。

女装に目覚めて新しい自分を見つけていくダヴィッドの嬉しそうな顔がすごくいい。ダヴィッド役であるロマン・デュリスの演技の素晴らしさによるものだ。そこには新しい人生を思う存分に生きる、うらやましくなるほどの開放感がある。そしてダヴィッドが女性の性に目覚めるのと呼応するかのように、クレール自身も女性の性の魅力にはまりこんでいく。女装趣味という秘密を共有することで、2人の「女友だち」が性別を超えたなにかを発見していく友情ストーリーともいえる。トランスジェンダーの問題を扱ったフランス映画は多いが、そこにあるのは複雑で難しい恋愛ではなく、実はシンプルな恋愛と友情だけ。フランス映画の素晴らしさはまさにそこにある。

今までと違う自分として生きるのはとても勇気がいること。自分が何者なのか悩み、社会に受け入れられるのか不安になるはずだ。だけどその先には本当にやりたかった人生が待ってるかもしれない。女装は少々極端な例かもしれないけど、外見を変身させることで違う人生を歩むことだってできる。それはきっと開放的で素晴らしいことなのだろう。『彼は秘密の女ともだち』のダヴィッドのように。

『彼は秘密の女友だち』"Une nouvelle amie"
2014 / フランス
監督:フランソワ・オゾン
主演:ロマン・デュリス、アナイス・ドゥムースティエ
原作:ルース・レンデル『女ともだち』


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by kou-mikami | 2017-01-30 08:51 | フランス映画
クリス・マルケル『サン・ソレイユ』
アテネフランセ文化センターでクリス・マルケルの『サン・ソレイユ』を観た。
アイスランドから始まり、東京とアフリカの日常風景を写したドキュメンタリー。
エッセイ映画の傑作とされ、80年代の日本映像としても貴重な作品だ。

なぜ数ある国の中で日本とアフリカを撮影したのか。
クリス・マルケルは映画の中でこう言っている。
「僕の絶え間ない東西往復は、この生の存続の二つの極地への旅なのだ」

つまり、生と死の壁が薄い国(アフリカと日本)への興味をそのまま写し取ったのが『サン・ソレイユ』であり、その視点ゆえに彼の目を通した映像は美しく幻想的でさえある。映画の中ではあまりにたくさんの言葉や思想が語られているので、少々疲れてしまうがそれ以上にこの映画を観る自体が刺激的な冒険となる。

クリス・マルケルは映画の中で様々な言葉を残している。

「思い出は、忘却の反語ではない。僕たちは思い出によって記憶を取り戻すのではない。歴史を書き直す様に、記憶を書き直すのだ」

「動物たちは、カーニバルで蘇ったが、新たな干ばつとともに石となってしまうだろう。それが、豊かな国が忘れてしまった生の存続状態なのだ。しかし、そのことを忘れていない例外的な国がある。そう、日本だ」

監督の提示する映像や言葉を完全に理解する事は不可能であるし、それゆえに
様々な解釈や見方ができるから何度も見れるし面白い。
一つの明確な答えを出すハリウッド映画の対極をいく作品だろう。

80年代の東京の映像を見ることへの興味は尽きない。
まさに自分が生まれた頃。なんだか懐かしく、
また遠い国の風景のように感じるのは、撮影したフランス人監督の眼で街を観ているからだろうか。監督の日本への尽きない興味を感じさせる映像とナレーション。
また『サン・ソレイユ』を観て、初めて竹の子族の映像をまともに眺めることができた。

東京の街。ビデオカメラやスマートフォンさえあれば、誰もが同じように撮ることができる。
しかし違うのは視点だ。『サン・ソレイユ』の監督クリス・マルケルの撮影した東京は、
明らかに日本を外側から撮った映像だ。異邦人の視点から撮った興味と熱意、
そして答えのない疑問。だからこそ新鮮で美しい。

今はなき改札の駅員の絶妙な切符さばき、電車内で眠る日本人の顔、猫の寺、
ゲームセンターの電子音、デパートの展覧会を覗くように観る日本人の顔。
クリス・マルケルの日本への興味がそのまま映像に投影されている。

タイトルはムソルグスキーの歌曲「日の光もなく」から。
クリス・マルケルは映画の中で彼の曲を使っている。
『サン・ソレイユ』は監督が異国について日々考えていたストーリーの細部やモチーフ、
そして好きな曲で構成されたエッセイ作品といえるだろう。

クリス・マルケルの『サン・ソレイユ』を観てイヴ・シモンの小説『すばらしい旅人』を思い出した。写真家アドリアンが始まりの地を求めてアフリカと日本を旅する物語。
どちらの作品もアフリカと日本を神秘的な「生の二極地」としてとらえているのが興味深い。

映画はラストで冒頭に出てきたアイスランドの少女の風景に戻っていく。
監督が「幸福の映像」と言った少女3人の映像は、島の妖精たちの戯れのようにも見えてくる。
この冒険の行きつく先は何なのか。日本人としてこの映画をどう観ればいいのか。
生涯を通して何度も見直したい映画の一つである。

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サン・ソレイユ "Sans Soleil"
1982年 / フランス
監督:クリス・マルケル
ナレーション:池田理代子
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by kou-mikami | 2015-08-17 00:22 | フランス映画
クリス・マルケル『ラ・ジュテ』
アテネフランセ文化センターでクリス・マルケルの『ラ・ジュテ』を観た。
1962年製作のフランスのSF映画で、作成手法が一風変わっている。
映画なのに映像ではなくモノクロ写真の連続によって作られた不思議な作品で
「フォトロマン」と呼ばれる手法だという。

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タイトルの『ラ・ジュテ』(La Jetee)は「空港の搭乗用通路」や「防波堤」を意味するフランス語で、空港が映画の中で重要な意味を持つ。
わずか28分の映画なのに、過去の記憶というものをこれほど深い眼差しで描いた映画は他にないだろう。私にとって忘れられないフランス映画の一つとなった。

物語の舞台は第3次世界大戦で荒廃した未来のパリ。
そのためパリの街並みは全く映されず、場面のほとんどが暗い地下だ。
地下に住み着いた支配者は汚染されていないエネルギーを別の時代に求め、
捕虜たちを実験台にして過去への時間移動を試みる。

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しかし過去への旅行は精神的なダメージが大きく、
被験者となった捕虜たちのほとんどは途中で意識を失ってしまう。
時間移動には「強い意識」をもった人間が必要で、
最終的に一人の男(主人公)が実験台として選ばれる。
主人公は過去にオルリー空港の送迎台で出会った女性に
もう一度会いたいという「過去への強い想い」があった。
そして数回にわたる過酷な実験を繰り返し、
ついに過去へと戻り、その女性と再会する。

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映像の中には具体的な未来の風景はほとんど出てこない。
その状況がナレーションによって語られるだけだ。セリフもない。
それなのに、言葉によって凝縮された世界観は観るものを強く刺激する。
ある意味、絵画的な物語構造をもった映画と言えるかもしれない。
また未来を描くSF映画であるのに、物語の中心は過去の世界というところも
面白い。(最終的には舞台である未来のさらに未来へと移動もするのだが)

印象的だったのは、過去に戻った主人公が女性と剥製博物館を見学するシーン。
この場面を観ていてブレッソンの『やさしい女』の一場面を思い出した。
永遠に固定された動物たちの存在は、二度と戻らない過去、もしくは時間の一瞬の美しさを暗示しているのだろうか。
もしかしたらフランス人は剥製が好きなのかもしれない。

またこの映画は過去だけでなく、さらに先の未来世界へも移動する。
そのときにパリの未来的映像が俯瞰図で表現されていたが
その細胞を拡大したようなパリ風景が個人的に気に入った。

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一部を除いて全編写真(静止画)によるショットが続くが、
それが全く退屈しなかったのは映像とは異なる写真の魅力のせいだろう。
特に主人公が出会った女性の固定された顔の表情は写真ならではの表現だ。
映像よりも一瞬を切り取った写真本来の力を見た気がした。
また『ラ・ジュテ』が写真の連なりによって構成されているのは、
失われた過去を描いた映画だからなのかもしれない。
表現手法そのものが、この映画の本質を伝えている。

この実験的な映画は若手フランス映画監督に贈られるジャン・ヴィゴ賞を受賞し話題となった。
監督のクリス・マルケルはヌーヴェルヴァーグを代表する映画監督であると同時に
写真家でありジャーナリストでもあった。
ちなみに主演のエレーヌ・シャトランとダヴォ・アニシュは
生涯でこの映画にしか出演していない。
その後『ラ・ジュテ』は多くの映画監督に大きな影響を与えた。
ジャン=リュック・ゴダールの哲学的要素の強いSF映画『アルファヴィル』や
『ラ・ジュテ』を原案としたテリー・ギリアムの『12モンキーズ』は
その顕著な例だろう。
ハリウッドでいえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ターミネーター』にも影響を与えている。

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この映画が教えてくれるのは「時というものの不可逆性」だ。
過去へ戻ることはできない。時の流れは常に一方通行だからだ。
過ぎ去ってしまった「時」について、誰もその在り処を知ることはできない。
だからこそ過去の記憶の在り処を探る主人公の時間移動が
今まで見たこともない美しい旅へと観客を誘う。
たとえラストに悲劇があろうとも、主人公が垣間見た断片的な女性の顔こそ、
彼が帰るべき場所だったのだろう。

絶対に取り戻せない過去というものを刹那的であれ取り戻すことによって
この映画はSFの傑作となった。

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『ラ・ジュテ』"La Jetee"
1962年 / フランス
監督・脚本:クリス・マルケル
出演:エレーヌ・シャトラン、ダヴォ・アニシュ
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by kou-mikami | 2015-08-14 11:02 | フランス映画



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