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村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで
久しぶりに村上春樹を読みました。
彼の新作が出ることは一つの大きなニュースであり、
それを読むことはどんな海外の風景よりも私を興奮させてくれます。
そのため、パリの記事とは関係ありませんが
ここで書かせていただきます。

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彼の作品を旅行でたとえるなら、
異国や見知らぬ遠くの土地へ飛行機で行くのではなく
近所に不意に出現した不可解な路地を散策する感覚。
どんな枠にもとらわれない奇抜な会話とストーリーなのに
自分の心の中にある不安と共鳴する音を持っています。

タイトルについて

『色彩と持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
最初は不可思議で長いタイトルだと感じていましたが、、
読んだ後には、この物語の重要な要素が全て詰め込まれた秀逸な題字だと思いました。
たしかに主人公は多崎つくるで、彼はたしかに色彩を持たないと自分自身を考えており、物語の中心はたしかにある意味で彼の巡礼の年になりました。
タイトルにはほぼすべてが凝縮されています。
それでいて読まなければ全く内容が分からないのが
彼の作品のすごいところでもあります。

主人公多崎つくるについて

主人公、多崎つくるはどこまでも村上春樹的な主人公。
36歳独身で、駅を設計するエンジニアの仕事についています。
都内に住んでいますが親からの資産があってお金には困らず、
女性にもそこそこもてますが体の内部に空虚を持っている。
人付き合いはいいけれど、いつも他人と距離をとっている。
家では洗濯をしアイロンをかけ、プールに泳ぎに行ったりする。
つまり、これぞ村上春樹という主人公です。
そのことが私を安心させ、すぐにその世界へ入って行けました。

物語のあらすじ(核心部分には触れていません)

物語は大学生時代の主人公が死を考えるところから始まります。
高校時代に仲の良かった5人グループの中に多崎つくるはいましたが、
ある時を境にそのグループから理由もなく追放されてしまいます。
それ以来、彼は仲間の誰とも会わずに東京で一人暮らしを続けます。
一時期は死を考えながらもかろうじて生き延び、卒業して社会人になります。
そして追放された理由も分からずに16年の歳月が流れます。
36歳になった彼はガールフレンドの助言を頼りに
追放された理由を求めてかつての仲間に会う旅に出かけます。

追放されなければならなかった理由を探ることが
この小説の一つの核でありミステリー的要素とも言えます。
しかしその理由が通常考えられるものではない世界に属するところが、
村上春樹の作品の質であり、彼にしか描けない多くの人に共感する
深い物語世界の秘密とも言えそうです。
そしてそこには普遍的で人生の示唆に満ちた思索が含まれています。
それこそが村上作品が世界中で読まれる理由だと思います。

あいまいで多義的で謎に満ちた会話

村上春樹と言えば、登場人物たちの会話にも特徴がありますね。
その会話は今回の作品でも健在です。
相手の謎を引き出すような問答や、曖昧で暗喩に満ちた説明、
ウィットの効いた比喩など、日本人の会話とは思えないものばかり。
しかも登場人物全員が同じような喋り方をするため、
主人公と話している時以外の場面ではわき役たちはどんな話し方をしているのか気になってしまうほど。
しかしそんな変わった会話が普通に行われていることこそが
村上春樹の世界の魅力でもあります。静かで強く恐ろしい。
その会話がなくなってしまったら、その作品の魅力も半減するでしょう。

『色彩を持たない多崎つくる・・・』の舞台設定

また舞台が日本だけでなくフィンランドも登場するところも
この物語に重層的でリアルな趣を与えています。
村上春樹にとって土地勘のある名古屋が主人公の故郷として
出てくるところにもリアリティがあります。

小説に登場する音楽について

そして今回もやはり音楽が重要なキーワードになってきます。
フランツ・リストの『巡礼の年』は「第1年」「第2年」「第3年」からなるピアノ独奏曲集。その中でも特に「第1年」に収録されている「ル・マル・デュ・ペイ」(Le Mal du Pays)はフランス語で「田園風景が呼び起こす哀しみ」という意味で、主人公が恋していた高校時代の友人がよく弾いていた曲です。この音楽がストーリーの中で大きな意味を持っています。小説のタイトルにある「巡礼の年」はおそらくこの曲名からとられています。

気になった点について

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで
気になった点が大きく分けて3つありました。
一つ目は最後まで解決されない謎です。
それはグループと別れてからできた唯一の友人、灰田の存在です。
彼は主人公と話が合い、よくつくるの家に遊びに来ましたが、
どこまでも謎に満ちていて、彼が話した自分の父親の逸話や、その後休学して主人公の前から消えるなど、彼の存在や意味がほとんど謎のまま物語が閉じられています。
(そんな謎があることが人生だと言われればそれまでですが)
小説全体のモチーフとなる音楽レコードを主人公の家に置いて行った彼がその後どうなったか、具体的な形では描かれていません。
私の読みが甘いせいかもしれませんが、その点が心にひっかかっています。

もう一つは主人公のガールフレンドの存在です。
彼の巡礼の旅のきっかけやアドバイスをくれる重要な存在ではありますが、
今一つ主人公が彼女に恋をする決定的な理由が見当たりません。
彼女は旅行代理店に勤めており有能ではありますが年上の男性とも付き合っているように見受けられる場面もあり、
彼女が主人公の中に占める大きさに納得できる特質があまりなかったように思えました。
つくるの心を大きく動かした彼女との出会いやエピソードがもっとあればいいなと個人的に感じました。

最後の一つは後半の物語におけるストーリーのスピードです。
小説は最初から最後まで深く興味深い旅ではありましたが、
もう少し後半で大きな衝撃や何かがあればよいなと思いました。
簡単に言えば、後半で若干スピード感が弱まるような感触を受けました。
言いかえれば説明的で概略的な文章が微妙に増えたような感じがしました。
しかしそれは読者それぞれの感覚によるものだと思います。
それにもましてこんな世界を読者に与えてくれる彼の筆力に
ただただ驚き、すでに次回作を期待せずにはいられません。

リンゴの味そのものではなく、リンゴというものの本質を味わせてくれるような
彼にしか描けない独自の不思議であまりに深い世界。
今回も素晴らしい小説を出してくれた村上春樹にただ感謝します。
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by kou-mikami | 2013-04-20 14:37 | パリ関連・その他



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