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クロード・ミレールの遺作『テレーズ・デスケルウ』
2013年のフランス映画祭で『テレーズ・デスケルウ』(Therese Desqueyroux)を観た。
この映画を観ることにした大きな理由は2つ。
女性のダークサイドを描いた映画であるということと
主演が『アメリ』で有名になったオドレイ・トトゥだということ。
2012年に他界したクロード・ミレール監督の遺作となったこの映画は、
私にとってずっしりとした印象を残す素晴らしい映画だった。

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ストーリー
女性のダークサイドというのは映画祭のチラシに書かれていた言葉だが、
原作を読むと、それは一言では説明できないもっと深いものであることに気づく。
原作はフランソワ・モーリアックの小説『テレーズ・デスケルウ』(1927)。
舞台は20世紀初頭のフランス・ランド地方アルジュルーズ。
財産目当ての家同士の結婚が普通だった時代の女性テレーズが主人公である。
良家の娘だった読書家のテレーズはデスケルウ家の長男ベルナールと結婚する。
嫁ぎ先のデスケルウ家は広大な松林を所有しており、結婚によってテレーズも
松林の一部を財産として手に入れることになる。それも計算の一つであった。
そして彼女はテレーズ・デスケルウとして頼りになるよき妻になろうとした。
周囲の期待応えて普通に結婚すれば、全てはうまくいき悩みも消えると思っていた。

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しかし平凡で想像力のないベルナールとの結婚は退屈そのものだった。
夫は猟にしか興味を持たず、彼女の文学や精神生活について理解してくれない。
子どもの頃から巣食っていた彼女の空虚な心の穴は徐々に広がり続ける。

原作の文章を借りれば、「テレーズが平和だと信じていたものは、実は仮眠の状態であり、胸の中にひそむ爬虫類の冬眠にすぎなかった」。この「爬虫類」という表現がその後彼女が起こす不可解な事件を暗示しているようで恐ろしい。その予感は結婚の日当日から始まっており、彼女は親友のアンヌとキスをしたとき「突然自分が虚無感にとらえられた」ように覚え、「自分の内側にあるこのどす黒い力と、おしろいを厚くつけた可愛い姿とのあいだに限りない距離感を感じたのである」。
映画の中のテレーズも結婚式当日に心からの笑顔はなく、どことなくぎこちない不安がつきまとっている。
美しい結婚式であるはずの風景が観る者になんとなく居心地の悪さを感じさせてしまう映像である。
マリッジブルーではなく、結婚当日にさえこのように感じてしまう彼女の闇とはどんなものなのか、その後の展開が非常に興味深くなる場面だ。

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そんな空虚な結婚生活が始まったある日、ベルナールの弟でテレーズの幼馴染だったアンヌが家族が選んだフィアンセとの結婚に反対し、貧しい家の青年に恋する。
アンヌと青年の恋をやめさせるように夫から頼まれたテレーズは青年のところに行って話をするが、逆に青年の文学への情熱や精神生活に心を動かされる。青年が告げたのは恋の素晴らしさであり、家同士の結婚の空しさであった(ちなみに青年がテレーズに『地の糧』を読んだかと聞くシーンがあった。これはアンドレ・ジッドの小説で、カミュが『孤島』に次いで影響を受けた書物)。
恋愛の素晴らしさを目の当たりにしたテレーズは、ついに夫に対してある恐ろしい計画を実行する。

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女性が持つ空虚な穴を描いた恐ろしい映画
このようにストーリーだけを書くと、よくある愛憎の殺人ドラマに見えるかもしれない。
しかしこの小説の真に恐ろしい部分は、彼女を殺人に駆り立てた明確な理由がないところである。
現在のドラマでなら不倫・保険金・憎しみなどが挙げられるが
彼女は夫を憎んでいるわけでもお金を盗もうとするわけでもない。
この物語が描こうとしているのは殺人ではなく、テレーズという不可解な女性が持つ空虚な穴の巨大さである。そしてこれは20世紀初頭を描きながら、非常に現代的であり、今もまさにこのような女性がどこかにいるのではないかと思わせる。おそらく人を殺すのに明確な動機というものはなく、様々な種類の不安の滴が複雑に心の池に溜まり続け、それが飽和点に達した時に起こるものなのかもしれない。

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原作者モーリアックは『テレーズ・デスケルウ』の冒頭でこう書いている。
「テレーズ、あなたのような女がいるはずはないと多くの人がいう。だがぼくには、あなたは存在しているのだ。長い歳月のあいだ、ぼくはあなたを探り時には追いすがり、その素顔をみつけようとしてきた」(遠藤周作訳)
つまりモーリアック自身も彼女の本当の考えをつかみきれないでいる。また彼女が頭がよく普通の結婚に幸せを感じられなかったのも要因と言える。しかしそのような不可解な闇をもつ人間こそ、本当に語るに値する人物なのだということだろう。そしてそんな人物を描いた本作は私の心を強く動かす。
訳者の遠藤周作もテレーズの姿を求めてランド地方に旅に出ている。

事件後の空虚な生活までも描いた作品
そしてこの映画の注目すべき点は、事件が解決して終わりではなく、「事件後の生活」に重きを置いているところである。夫への殺人未遂を起こした彼女は世間体を保とうとする夫の画策で免訴となるが、その後夫との夫婦生活を無理やりに継続させられ、幽閉生活の中で今まで以上の苦しみを受ける。そして幼い頃からの親友だった夫の妹アンヌとも深い溝ができ、誰も彼女に寄りつかなくなる。家族だけでなく地元の誰もが彼女が夫を殺そうとしたと思っている。それは事実だったが、何故殺人に至ったのかその理由が彼女自身にも分からない。

自由となって彼女が手にしたものは何だったのか
その後、ようやく自由の身になった彼女はカフェで夫と別れてパリの雑踏に消えていく。その自由は離婚をしないという制限付きの自由であったが、彼女はようやく自分の生活を見つけたのだと思う。しかしそれはどんな生活なのだろう。最後に彼女が見せたわずかな微笑みは何を意味していたのだろう。物語はそこで終わっているので、その跡の彼女の足取りはは分からないが、私には彼女の気持ちが少し分かる気がする。今の空疎な生活からどこかへ逃げたいという気持ちだ。しかし逃げたところで人生の解決策はどこにもない。その空しさを描いた映画なのかもしれない。人生という不可解なものに立ち向かう女性を描いた恐ろしくも考えさせられる映画であった。

映画と小説の違い
今回観た映画はほとんど原作に忠実に作られていて、観ていて心地よかった。フランスにあるランド地方の美しい松林。ランドとは「荒れ地」を意味し文字通り水はけの悪い荒野だったが、19世紀より松の森が植えられ美しい場所となった。その風景を映像として観ることができたのはよかった。
特にテレーズの少女時代の映像は非常に美しい。幼馴染のアンヌと松林の中を自転車で走り抜けるシーンや、湖に浮かぶ小舟の中で読書をするシーン。よき昔の回想シーンとしてじっくりと語られる原作と違いほとんど一瞬で終わってしまうのがもったいなかったが、2時間という制限の中では難しいのだろう。

一方、ランド県の美しい自然と対比されるのはそこに住む伝統を守る一家の色彩のない閉塞的な生活。松の森一帯を所有するデスケルウ家に嫁いだテレーズの空虚で演劇のような生活が静かに流れる。
オドレイ・トトゥの感情を隠したような人妻の演技はとてもよかった。幸せを知らず夫と表面的に付き合い、タバコを吸う彼女は美しい女性として描かれてはいない。しかし不思議な魅力がありスクリーンから目が離せない。

原作では彼女の殺人未遂が免訴となり、家路に帰るシーンから始まる。そこから過去の回想をして事件を起こすまでの経緯が語られる。それに対して映画では過去から現在への時間軸通りに物語が進行していく。活発で読書好きだった少女時代、結婚してからの空虚な生活、事件、幽閉生活、パリでの夫との別れ。物語の順序で言えば、やはり原作の構成のほうが面白いだろう。回想シーンで徐々に過去が明らかになっていき、全てが分かったところで、現実のクライマックスが訪れる流れのほうがダイナミックだ。しかしその違いを比較するのも楽しいし、これほど原作も映画も素晴らしい作品は稀である。

ちなみに『テレーズ・デスケルウ』は50年前の1962年にジョルジュ・フランジュ監督によって最初に映画化されている。そちらの作品もいずれ観てみたい。

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フランス映画祭2013の会場にて(上映作品のポスター)

『テレーズ・デスケルウ』(Therese Desqueyroux)
監督:クロード・ミレール
出演:オドレイ・トトゥ、ジル・ルルーシュ、アナイス・ドゥムスティエ
2011年/フランス/110分
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by kou-mikami | 2013-06-30 19:05 | パリの映画



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