マルセル・ムルージ『エンリコ』
この前神保町の古書市へ行ったとき、ふと一冊の本が目に留まった。赤ワイン色の表紙にモノクロの写真が2枚載っている。まさかとは思ったが、やはりそれはウジェーヌ・アジェのパリ写真で、本には『エンリコ』という不思議なタイトルがつけられていた。小説の表紙がアジェの写真で飾られていることにただならぬ気配を感じ、買うことにした。このような発見があるからこそ古書市はやめられない。

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作者はマルセル・ムルージ。初めて知ったが、どうやらシャンソンの歌手でもあったようだ。日本では『ちいさなひなげしのように』という曲で知られている。小説のタイトルは主人公の名前だった。
物語はパリの貧民街ベルヴィルで生きる少年エンリコの日常を描いたもの。心の優しい主人公の貧困と周囲からの隔絶という意味では、エマニュエル・ボーヴの作品にも通じるものがある。しかしエンリコにはボーヴの主人公のような暗さはない。暴力を振るう母親、アル中の父親に挟まれながらも、絶望的な環境の中で文句も言わずに必死に生きるエンリコは信じられないほど強い気力の持ち主だ。

ところで私は舞台となったべルヴィルに興味を持っている。パリに住んでいたころにはよくそこへ出かけ、朝市でリンゴを買ったりした。現在は貧民街というよりは移民街だが下町の雰囲気は昔と変わらず、当時も現在と似た部分はあったのだろう。パリの貧民街というだけで私はその世界に入ってみたくなるし、そこにある孤独や貧困の心象風景がまさにウジェーヌ・アジェの写真と見事に重なり合っている。本の中にも3枚だけだがアジェの写真が挿絵のように挿入されているのも嬉しく、それは図解というよりは物語に完全に溶け込んで小説の一部になっているように思えた。
文体は無駄をそぎ落としたシンプルなもの。ヘミングウェイの文体を学んだらしく、たしかに似ている。しかしヘミングウェイに詩的な描写を追加したような感じでもあり、風景描写はまさに子供の目から見たパリの風景で心に残る。

煙突のなかに、猫に似ているものがある。そうなんだ。屋根々々の上にいつも足りないのは、この無数の猫なんだ。ぐるりの風景は、いつでも同じ曲の流れだすレコードに似ている。あちこちの、重々しい記念碑や建物が、夜番みたいに、町を守っているように見える。向こうには、山々が色つきの絵のように浮かびだし、さらにその背景を、悲しげな、いくつもの白い雲が、別れの時の白いハンカチのように、流れて行く。


まさにシャンソン歌手だからこそ描ける秀逸な表現だろう。子供ならではの独特の視線でパリを見ているのが新鮮。また物語の中の時間はどんどんと流れる急流のようでもあり、一日で区切られることなく毎日続く日常が子供の目線で地続きのように語られているのも面白い。印象に残ったことだけで人生ができあがっているような感じだ。

そしてエンリコ少年の日常には貧困だけではなく、親から受け継がれた「血」の存在が暗い影を落としている。そこが小説の核となり、アルジェリア移民の子である作者マルセル・ムルージの生い立ちにも関係してくる。エンリコの父親はアルジェリア人、母はフランス人のようで、常に母親から虐待を受けている。それはエンリコがアルジェリア人である父親似であるためで、母親はアル中の夫を憎んでいるが故に、父に似ているエンリコをも憎しみの目で見ている。反対にエンリコの兄は母親似のため虐待を受けることなくかわいがられている。

「どうしてなんだろうねえ、おまえが兄ちゃんのように、青い目をしていないのは?え、そうだろう、黒ん坊や?」


母親のこのセリフは理不尽以外のなにものでもないが、それこそが人間の中にある人種的偏見なのかもしれない。差別はとんでもなく理不尽であるが、確実に人間の中に存在するものだ。母の父親に対する憎しみは父がアル中であるせいなのか、移民であるせいなのかは分からない。しかし、その憎しみにはすさまじいものがある(毎日両親の死闘のような喧嘩が繰り広げられ、エンリコはその被害を受けている)。エンリコ少年はそれをよくわかっていて、母親に憎まれていることを心の中で何度も嘆く。

『ああ、なぜぼくは父ちゃんと同じ顔に生まれてきちゃったんだ』とぼくは思う。『母ちゃんがぼくをきらうわけは、父ちゃんと似ているからなのだ。さて、今夜はどこへ行って寝よう?また墓場みたいな空き地へ行くか?』


また一番ひどいのは兄と弟を完全に差別化している母親の態度だろう。この小説では主人公の兄の存在感は驚くほど薄いが、たまに登場する兄はとにかく母親の兄に対する露骨な贔屓を見せるためだけに存在しているようでもある。たとえば次のような文章がある。

ぼくの耳に、階段をのぼってくる兄ちゃんの足音が聞こえた。しばらくして、ドアがあく。『助かった』と、ぼくは思った。母ちゃんは兄ちゃんにキスし、両手で兄ちゃんの顔をはさんだ。「かわいい子だよ」と、母ちゃんはやさしくいう。「おまえは青い美しい目を持っているんだね!」そして狂おしくキスをする。
やがて、顔を上げると、母ちゃんは不快そうにぼくを見すえ、
「一発くらわしておやり」
と、僕を指さしながら、兄ちゃんにささやいた。兄ちゃんはぼくに近づくと、ぼくをぶんなぐった。ぼくはベッドの足もとのじゅうたんの上にころがる。兄ちゃんと母ちゃんは一緒に笑いだした。できるものなら、ふたりを苦しめるために、この場で死んでやりたい、ぼくはそう思ったほど、ふたりに対して腹が立った。さも痛そうなようすをして、一度ぼくは顔をあげたが、ふたたびばったりと倒れる。ふたりの笑い声が腹にずんとこたえ、僕は恥にまみれる。気を失ったふりをしながら、頭の中で犯罪現場を思い描いた。


しかし驚くのは母親からこれほどひどく憎しみを持たれながらも、母親を恨むことなくただ耐えて生きるエンリコ少年の生命力だ。これは読んでいて信じられないほどで、またこの小説が単なる貧困の悲しい物語ではない点でもある。彼は彼なりに家族を愛し、そして正しい生き方はどこにあるのだろうと模索しているのだ。

『この世の中で、狂っていない生き方というのは、どうすれば見つかるのだろう?』と、ぼくは思った。『父ちゃんも母ちゃんも、死人のようだ。そしてぼくは、ふたりを思い出として愛している。いったいぼくはなにをしたらいいんだ?だが、そんなことはどうだっていい。若いくせに老人のように将来を思うなんて、ぼくはまっぴらだ。メンドリが、母親らしく喘息病みの幼な子を、ひなのようにかかえこんでいようと、父親が、父親の仕事をちゃんと続けようと、若者が夢想にふけろうと、また小さな信者が神を信じようと、要するにこのぼくは生きているんだ!』


エンリコ少年はこんなにも強く愛情深い。ひどい両親と一緒に暮らしながらも2人を愛し、また同じ貧民街に住む少女に恋したりもしている。父親に連れられてモンマルトル界隈の活気あふれる酒場に行ったりしてアル中の父親の看護をしたりする場面は滑稽でもあり面白い(たいていは父親が酔っぱらいすぎて、母親にひどく怒られるパターンだが)。それは世界のどこにでもいる少年と同じ姿だ。ところで酒場で子供のメニューとして出されていたグレナデンは、ザクロのシロップのようだが、それはパリの酒場の定番ドリンクなのだろうか。

下町にあるのは憎しみだけでなく、同じだけの愛情もある。暴力的な母親もエンリコを憎むだけでなく、それ以上に息子を愛していることが分かる。やはり血のつながりというのは憎しみだけでなく、愛をも呼び起こすものなのだろう。日常でエンリコを殴りながらも、急に優しく抱きしめたりクリスマスにはプレゼントをくれたりするのだ。しかし、このような愛と憎しみの繰り返しの生活は穏やかではなく、疲れを感じさせるものでもある。エンリコ少年の人生のような、これほどまでに憎しみと愛の混ざり合った物語はなかなかないだろう。

この小説は1943年に発表されたという。狭く汚いアパルトマン、罵り合う隣人たち、アル中の父親に暴力的な母親。この時代のパリのべルヴィルはこんな風景が実際にあったのだろうか。パリの下町はますます興味深い。読んでいて思い出したのはレーモン・クノーの『地下鉄のザジ』(1959)。あちらもパリを舞台に子供を主人公にした小説だが、ザジがコメディの要素が強くシュルレアリスム的であるのに対し、エンリコはより現実的であり、事実作者の実体験にかなり近いのだろう。ラストは作者の生い立ちと重なって悲しい結末であるが、まるで愛と憎しみの具がごった煮になったどんぶりのような小説である。
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# by kou-mikami | 2015-11-08 18:19 | パリの小説
クリス・マルケル『サン・ソレイユ』
アテネフランセ文化センターでクリス・マルケルの『サン・ソレイユ』を観た。
アイスランドから始まり、東京とアフリカの日常風景を写したドキュメンタリー。
エッセイ映画の傑作とされ、80年代の日本映像としても貴重な作品だ。

なぜ数ある国の中で日本とアフリカを撮影したのか。
クリス・マルケルは映画の中でこう言っている。
「僕の絶え間ない東西往復は、この生の存続の二つの極地への旅なのだ」

つまり、生と死の壁が薄い国(アフリカと日本)への興味をそのまま写し取ったのが『サン・ソレイユ』であり、その視点ゆえに彼の目を通した映像は美しく幻想的でさえある。映画の中ではあまりにたくさんの言葉や思想が語られているので、少々疲れてしまうがそれ以上にこの映画を観る自体が刺激的な冒険となる。

クリス・マルケルは映画の中で様々な言葉を残している。

「思い出は、忘却の反語ではない。僕たちは思い出によって記憶を取り戻すのではない。歴史を書き直す様に、記憶を書き直すのだ」

「動物たちは、カーニバルで蘇ったが、新たな干ばつとともに石となってしまうだろう。それが、豊かな国が忘れてしまった生の存続状態なのだ。しかし、そのことを忘れていない例外的な国がある。そう、日本だ」

監督の提示する映像や言葉を完全に理解する事は不可能であるし、それゆえに
様々な解釈や見方ができるから何度も見れるし面白い。
一つの明確な答えを出すハリウッド映画の対極をいく作品だろう。

80年代の東京の映像を見ることへの興味は尽きない。
まさに自分が生まれた頃。なんだか懐かしく、
また遠い国の風景のように感じるのは、撮影したフランス人監督の眼で街を観ているからだろうか。監督の日本への尽きない興味を感じさせる映像とナレーション。
また『サン・ソレイユ』を観て、初めて竹の子族の映像をまともに眺めることができた。

東京の街。ビデオカメラやスマートフォンさえあれば、誰もが同じように撮ることができる。
しかし違うのは視点だ。『サン・ソレイユ』の監督クリス・マルケルの撮影した東京は、
明らかに日本を外側から撮った映像だ。異邦人の視点から撮った興味と熱意、
そして答えのない疑問。だからこそ新鮮で美しい。

今はなき改札の駅員の絶妙な切符さばき、電車内で眠る日本人の顔、猫の寺、
ゲームセンターの電子音、デパートの展覧会を覗くように観る日本人の顔。
クリス・マルケルの日本への興味がそのまま映像に投影されている。

タイトルはムソルグスキーの歌曲「日の光もなく」から。
クリス・マルケルは映画の中で彼の曲を使っている。
『サン・ソレイユ』は監督が異国について日々考えていたストーリーの細部やモチーフ、
そして好きな曲で構成されたエッセイ作品といえるだろう。

クリス・マルケルの『サン・ソレイユ』を観てイヴ・シモンの小説『すばらしい旅人』を思い出した。写真家アドリアンが始まりの地を求めてアフリカと日本を旅する物語。
どちらの作品もアフリカと日本を神秘的な「生の二極地」としてとらえているのが興味深い。

映画はラストで冒頭に出てきたアイスランドの少女の風景に戻っていく。
監督が「幸福の映像」と言った少女3人の映像は、島の妖精たちの戯れのようにも見えてくる。
この冒険の行きつく先は何なのか。日本人としてこの映画をどう観ればいいのか。
生涯を通して何度も見直したい映画の一つである。

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サン・ソレイユ "Sans Soleil"
1982年 / フランス
監督:クリス・マルケル
ナレーション:池田理代子
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# by kou-mikami | 2015-08-17 00:22 | フランス映画
クリス・マルケル『ラ・ジュテ』
アテネフランセ文化センターでクリス・マルケルの『ラ・ジュテ』を観た。
1962年製作のフランスのSF映画で、作成手法が一風変わっている。
映画なのに映像ではなくモノクロ写真の連続によって作られた不思議な作品で
「フォトロマン」と呼ばれる手法だという。

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タイトルの『ラ・ジュテ』(La Jetee)は「空港の搭乗用通路」や「防波堤」を意味するフランス語で、空港が映画の中で重要な意味を持つ。
わずか28分の映画なのに、過去の記憶というものをこれほど深い眼差しで描いた映画は他にないだろう。私にとって忘れられないフランス映画の一つとなった。

物語の舞台は第3次世界大戦で荒廃した未来のパリ。
そのためパリの街並みは全く映されず、場面のほとんどが暗い地下だ。
地下に住み着いた支配者は汚染されていないエネルギーを別の時代に求め、
捕虜たちを実験台にして過去への時間移動を試みる。

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しかし過去への旅行は精神的なダメージが大きく、
被験者となった捕虜たちのほとんどは途中で意識を失ってしまう。
時間移動には「強い意識」をもった人間が必要で、
最終的に一人の男(主人公)が実験台として選ばれる。
主人公は過去にオルリー空港の送迎台で出会った女性に
もう一度会いたいという「過去への強い想い」があった。
そして数回にわたる過酷な実験を繰り返し、
ついに過去へと戻り、その女性と再会する。

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映像の中には具体的な未来の風景はほとんど出てこない。
その状況がナレーションによって語られるだけだ。セリフもない。
それなのに、言葉によって凝縮された世界観は観るものを強く刺激する。
ある意味、絵画的な物語構造をもった映画と言えるかもしれない。
また未来を描くSF映画であるのに、物語の中心は過去の世界というところも
面白い。(最終的には舞台である未来のさらに未来へと移動もするのだが)

印象的だったのは、過去に戻った主人公が女性と剥製博物館を見学するシーン。
この場面を観ていてブレッソンの『やさしい女』の一場面を思い出した。
永遠に固定された動物たちの存在は、二度と戻らない過去、もしくは時間の一瞬の美しさを暗示しているのだろうか。
もしかしたらフランス人は剥製が好きなのかもしれない。

またこの映画は過去だけでなく、さらに先の未来世界へも移動する。
そのときにパリの未来的映像が俯瞰図で表現されていたが
その細胞を拡大したようなパリ風景が個人的に気に入った。

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一部を除いて全編写真(静止画)によるショットが続くが、
それが全く退屈しなかったのは映像とは異なる写真の魅力のせいだろう。
特に主人公が出会った女性の固定された顔の表情は写真ならではの表現だ。
映像よりも一瞬を切り取った写真本来の力を見た気がした。
また『ラ・ジュテ』が写真の連なりによって構成されているのは、
失われた過去を描いた映画だからなのかもしれない。
表現手法そのものが、この映画の本質を伝えている。

この実験的な映画は若手フランス映画監督に贈られるジャン・ヴィゴ賞を受賞し話題となった。
監督のクリス・マルケルはヌーヴェルヴァーグを代表する映画監督であると同時に
写真家でありジャーナリストでもあった。
ちなみに主演のエレーヌ・シャトランとダヴォ・アニシュは
生涯でこの映画にしか出演していない。
その後『ラ・ジュテ』は多くの映画監督に大きな影響を与えた。
ジャン=リュック・ゴダールの哲学的要素の強いSF映画『アルファヴィル』や
『ラ・ジュテ』を原案としたテリー・ギリアムの『12モンキーズ』は
その顕著な例だろう。
ハリウッドでいえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ターミネーター』にも影響を与えている。

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この映画が教えてくれるのは「時というものの不可逆性」だ。
過去へ戻ることはできない。時の流れは常に一方通行だからだ。
過ぎ去ってしまった「時」について、誰もその在り処を知ることはできない。
だからこそ過去の記憶の在り処を探る主人公の時間移動が
今まで見たこともない美しい旅へと観客を誘う。
たとえラストに悲劇があろうとも、主人公が垣間見た断片的な女性の顔こそ、
彼が帰るべき場所だったのだろう。

絶対に取り戻せない過去というものを刹那的であれ取り戻すことによって
この映画はSFの傑作となった。

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『ラ・ジュテ』"La Jetee"
1962年 / フランス
監督・脚本:クリス・マルケル
出演:エレーヌ・シャトラン、ダヴォ・アニシュ
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# by kou-mikami | 2015-08-14 11:02 | フランス映画
『南へ行けば』
レア・セドゥの挑発的な眼差しが特徴的なジャケットに惹かれ
前から観たいと思っていた『南へ行けば』をようやく鑑賞した。
しかし、驚いたことにこの映画はレア・セドゥが主演ではなかった。

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主人公は南へと車を走らせる無口な男サム。
そこにレアとマチューの兄妹が乗っている。
2人はヒッチハイクでサムの車に同乗させてもらったらしいが
どこまで行くのか目的は全くわからない。
ただレアは妊娠中のようで、このまま産むべきか悩んでいる。
レアの弟マチューはゲイで、運転手サムのことが好きになっている。
サムもゲイなのだが、マチューのことを全く相手にしない。
そこにレアが途中のガソリンスタンドで声をかけた青年ジェレミーも加わり、
男3人と女1人のロードムービーが進んでいく。

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アメリカンニューシネマを思わせる淡々とした描写が続くが
次第にサムの過去が回想され、この旅の目的が明らかになってくる。
サムは幼いころ父親の拳銃自殺を目の前で目撃し、
自殺の原因となった精神病を患った母親を今でも憎んでいた。
その母親から数十年ぶりに手紙を受け取り、
離れて住んでいる母親に会うために出かける途中だった。

この映画は、人生の「時」が少年時代で止まってしまった青年の
心の動きをロードムービーを通して非常に繊細に描いている。
大好きだった父親が目の前で拳銃自殺し、その時を境に
サムは外界に対して心を閉ざし、母親を憎むようになった。

車が移動し新たな風景が現れても、サムの表情に変化はない。
途中で弟の家に寄るが、弟は結婚をして新たな人生を歩んでいた。
自分だけが人生に取り残された思いを持ちながら、旅を続ける。
ロードムービーは、停車中の人生なのだと思う。
景色は移動しても、旅人の人生は動いていないのだ。
走れば走るほど、心の空疎は曇った空のように広がっていくばかり。

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そんなサムの旅を、レアたち兄妹が自由奔放に刺激し、
感情を閉じていたサムの心にも変化が現れる。
いつしか車は南フランスを抜けてスペインへと入る。
立ち寄った浜辺ではキャンプファイアや海水浴を楽しみ、
4人にもようやく束の間のバカンスが訪れる。

レアは夜の草むらでジェレミーと体を重ねるが、愛を得ることはできない。
サムがマチューの愛を受け入れる夜の浜辺の情景は刺激的でもあり
いかにもフランス映画的な官能と自由がある。
サムの表情にも初めて和らぎが生まれるシーンが印象的だ。
この映画ではゲイの恋愛がリアルに実直に描かれている。
それもフランス映画の一つの特徴である。

しかしサムは結局レアたちに別れを告げぬまま浜辺をあとにし、
その後一人で旅を続けてようやく母親と対峙する。
手には父親が自殺したときに使った拳銃を持って。
しかしそれを使うことはなく、仕事へ行く母親と別れ、
サムは一人でどこかの川へと入っていく。
川の水を浴び、何度も何度も潜るサム。
それは彼がかつて体験した母親の羊水の味だったのだろうか。
母親を憎みしながらも愛情を捨てきれないサムの
複雑な心境を見事に表したラストシーンだった。

『南へ行けば』"Plein Sud"
2009年 / フランス
監督:セバスチャン・リフシッツ
出演:ヤニック・レニエ、レア・セドゥ
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# by kou-mikami | 2015-08-13 20:46 | パリの映画
『美女と野獣』
映画『美女と野獣』を観てきた。
ディズニーアニメでも有名なフランスの童話『美女と野獣』の実写作品。
監督はフランス出身のクリストフ・ガンズ監督。
主演も今人気のフランス人女優レア・セドゥ。

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フランスでは1946年にジャン・コクトーによって映画化されているが
実に68年ぶりの本家フランスによる実写化ということで、期待も高い。
映像に関しては最高の出来といってよく、
現実と幻想が見事に調和した世界観が美しい。
物語は野獣の過去にも焦点を当て、過去の映画にはない独自の物語を描いたものの
肝心の美女と野獣の恋愛においては少し物足りなさを感じた。

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もともとはフランス生まれの民話
ディズニーアニメで世界的に有名な『美女と野獣』だが、
もともとは1740年フランスで出版された童話(民話)がオリジナル。
作者はヴィルヌーヴ夫人で、その後ボーモン夫人による短縮版が出版された。
裕福な商人の家に生まれた末娘ベルは、美しく誠実な女性。
ある日バラを盗んだ父の身代わりとして野獣のいる城に行き、
野獣との奇妙な生活を続けるうちに、野獣に愛情を抱く。
人間が異なる世界の種族と結婚するという異種婚姻譚であるが、
最終的に野獣は元の王子の姿に戻り、ベルとの幸せな結末を迎える。
いわば典型的なおとぎばなしの骨格を持った物語と言える。

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原作との違いは「野獣の過去」
今回の映画は、ヴィルヌーヴ夫人による原作を元にして
忠実に作られているそうだが、原作とは異なる部分がある。
それは「王子が野獣に変身させられた理由」を描いたところ。
どうして王子は野獣に姿を変えられたのかはかなり大事なところだが
何故か原作にもディズニーアニメにも描かれていない。
子供向けのおとぎ話なので、細かい部分は不必要だったのかもしれない。
しかし映画『美女と野獣』では、そんな王子の過去に焦点を当てている。
野獣の悲しい過去をベルが知ることにより、その野獣への愛情が芽生えるので
過去の描写はとても重要な要素であり、この映画が他の作品に比べて評価できる点。

ちなみに監督はジャン・コクトーの『美女と野獣』を敬愛しており
しかしながら今回はそのリメイクではなくオリジナルの物語にこだわった。
だが、愛情が芽生えたベルと野獣の恋愛が細かく描かれないまま
クライマックスへと流れてしまっている早急な印象を受けた。
その辺りをもう少し丁寧に描ければベルが野獣を愛した明確な理由を
視聴者に説得力を持って伝えることができたような気もする。

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野獣と出会うきっかけとなったベルの父
この映画のもう一つの特徴としては、ベルと家族の関係を丁寧に描いている点。
前半は主人公ベルとその家族の物語が続き、野獣との出会いまでのいきさつを
じっくりと描いている。
おとぎばなしとはいえ、主人公が幻想世界に入るきっかけにリアリティをもたせるのは
大事だと実感した。その辺りの構成はとてもフランス的な感じがする。
家族の中で重要な役割を果たすのは裕福な商人であるベルの父だ。
映画の前半はベルではなく父の視点で物語が進行していく。
いかにも裕福な商人という感じで、娘への深い愛情を感じさせる役柄。
彼が森で遭難し初めて野獣の城を訪れる場面は見事。
幻想的でありコミカルで、魔法のように現れたごちそうを頬張る姿が
人間世界と幻想世界を見事につないでいて素晴らしい。

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ベルの現代性
『美女と野獣』が18世紀の原作を元にしながら現代的なのは、
ベルが自分の意思で運命を切り開く強い女性として描かれているからかもしれない。
前半は父の身代わりとして野獣の城へ向かい、後半は野獣に会うために再び城へ向かう。
野獣を見て驚きはするも、好奇心が強く、野獣の城や庭を散歩する。
新しい世界への興味を持ってその場を切り抜けていく大胆さがうかがえる。

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シンデレラとの共通点
映画『美女と野獣』に出てくる3人姉妹は『シンデレラ』を思い出す。
わがままで強欲な2人の姉と純粋で無欲な末娘。さらに浪費家で遊び人の兄が加わる。
愚かな姉と兄の存在は、主人公ベルの誠実さや美しさを引き立たせ、
現実世界の不公平や理不尽を暗示しているように思える。

もう一人の主役、森の精
この映画の主人公はベルと野獣だが、
もうひとつ重要になってくるのは「森の精の存在」だ。
森の精は人間の驕りに対する自然の脅威として描かれ
野獣の過去や物語のクライマックスで重要な役割を果たしている。
森が開いて道ができたり、蔦が絡まり欲深い人間を殺したり。
巨大な石像が動き出す場面は、他の映画でも見たような気もするが、
自然界の神的な存在として描かれる森の精の迫力は
宮崎駿監督の作品にも通じるものがあるだろう。
少し違和感があったのは、森の精によって呪われた王子の飼い犬たち。
空想の生き物を描くことが好きなクリストフ・ガンズ監督ならではだが
妙にディズニー的なテイストの生き物で、今回の映画の世界観には
合わない気がした。

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個人的な希望を1つ言えるなら
呪われた城で一人でいたときの野獣の孤独を
描いてほしかった。そのような圧倒的な孤独より
野獣の悲劇性が高まり、視聴者の共感もさらに得られるのではないか。

300年前から語り継がれているおとぎばなしへの魅力は尽きないが
それを映像化することでより一層その物語への理解や疑問が出てくる。
今後も『美女と野獣』は様々な形で語られていくのだろう。

La Belle et la Bete(2014)
監督:クリストフ・ガンズ
主演:レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセル
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# by kou-mikami | 2014-11-14 09:24 | パリの映画



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