『美女と野獣』
映画『美女と野獣』を観てきた。
ディズニーアニメでも有名なフランスの童話『美女と野獣』の実写作品。
監督はフランス出身のクリストフ・ガンズ監督。
主演も今人気のフランス人女優レア・セドゥ。

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フランスでは1946年にジャン・コクトーによって映画化されているが
実に68年ぶりの本家フランスによる実写化ということで、期待も高い。
映像に関しては最高の出来といってよく、
現実と幻想が見事に調和した世界観が美しい。
物語は野獣の過去にも焦点を当て、過去の映画にはない独自の物語を描いたものの
肝心の美女と野獣の恋愛においては少し物足りなさを感じた。

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もともとはフランス生まれの民話
ディズニーアニメで世界的に有名な『美女と野獣』だが、
もともとは1740年フランスで出版された童話(民話)がオリジナル。
作者はヴィルヌーヴ夫人で、その後ボーモン夫人による短縮版が出版された。
裕福な商人の家に生まれた末娘ベルは、美しく誠実な女性。
ある日バラを盗んだ父の身代わりとして野獣のいる城に行き、
野獣との奇妙な生活を続けるうちに、野獣に愛情を抱く。
人間が異なる世界の種族と結婚するという異種婚姻譚であるが、
最終的に野獣は元の王子の姿に戻り、ベルとの幸せな結末を迎える。
いわば典型的なおとぎばなしの骨格を持った物語と言える。

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原作との違いは「野獣の過去」
今回の映画は、ヴィルヌーヴ夫人による原作を元にして
忠実に作られているそうだが、原作とは異なる部分がある。
それは「王子が野獣に変身させられた理由」を描いたところ。
どうして王子は野獣に姿を変えられたのかはかなり大事なところだが
何故か原作にもディズニーアニメにも描かれていない。
子供向けのおとぎ話なので、細かい部分は不必要だったのかもしれない。
しかし映画『美女と野獣』では、そんな王子の過去に焦点を当てている。
野獣の悲しい過去をベルが知ることにより、その野獣への愛情が芽生えるので
過去の描写はとても重要な要素であり、この映画が他の作品に比べて評価できる点。

ちなみに監督はジャン・コクトーの『美女と野獣』を敬愛しており
しかしながら今回はそのリメイクではなくオリジナルの物語にこだわった。
だが、愛情が芽生えたベルと野獣の恋愛が細かく描かれないまま
クライマックスへと流れてしまっている早急な印象を受けた。
その辺りをもう少し丁寧に描ければベルが野獣を愛した明確な理由を
視聴者に説得力を持って伝えることができたような気もする。

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野獣と出会うきっかけとなったベルの父
この映画のもう一つの特徴としては、ベルと家族の関係を丁寧に描いている点。
前半は主人公ベルとその家族の物語が続き、野獣との出会いまでのいきさつを
じっくりと描いている。
おとぎばなしとはいえ、主人公が幻想世界に入るきっかけにリアリティをもたせるのは
大事だと実感した。その辺りの構成はとてもフランス的な感じがする。
家族の中で重要な役割を果たすのは裕福な商人であるベルの父だ。
映画の前半はベルではなく父の視点で物語が進行していく。
いかにも裕福な商人という感じで、娘への深い愛情を感じさせる役柄。
彼が森で遭難し初めて野獣の城を訪れる場面は見事。
幻想的でありコミカルで、魔法のように現れたごちそうを頬張る姿が
人間世界と幻想世界を見事につないでいて素晴らしい。

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ベルの現代性
『美女と野獣』が18世紀の原作を元にしながら現代的なのは、
ベルが自分の意思で運命を切り開く強い女性として描かれているからかもしれない。
前半は父の身代わりとして野獣の城へ向かい、後半は野獣に会うために再び城へ向かう。
野獣を見て驚きはするも、好奇心が強く、野獣の城や庭を散歩する。
新しい世界への興味を持ってその場を切り抜けていく大胆さがうかがえる。

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シンデレラとの共通点
映画『美女と野獣』に出てくる3人姉妹は『シンデレラ』を思い出す。
わがままで強欲な2人の姉と純粋で無欲な末娘。さらに浪費家で遊び人の兄が加わる。
愚かな姉と兄の存在は、主人公ベルの誠実さや美しさを引き立たせ、
現実世界の不公平や理不尽を暗示しているように思える。

もう一人の主役、森の精
この映画の主人公はベルと野獣だが、
もうひとつ重要になってくるのは「森の精の存在」だ。
森の精は人間の驕りに対する自然の脅威として描かれ
野獣の過去や物語のクライマックスで重要な役割を果たしている。
森が開いて道ができたり、蔦が絡まり欲深い人間を殺したり。
巨大な石像が動き出す場面は、他の映画でも見たような気もするが、
自然界の神的な存在として描かれる森の精の迫力は
宮崎駿監督の作品にも通じるものがあるだろう。
少し違和感があったのは、森の精によって呪われた王子の飼い犬たち。
空想の生き物を描くことが好きなクリストフ・ガンズ監督ならではだが
妙にディズニー的なテイストの生き物で、今回の映画の世界観には
合わない気がした。

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個人的な希望を1つ言えるなら
呪われた城で一人でいたときの野獣の孤独を
描いてほしかった。そのような圧倒的な孤独より
野獣の悲劇性が高まり、視聴者の共感もさらに得られるのではないか。

300年前から語り継がれているおとぎばなしへの魅力は尽きないが
それを映像化することでより一層その物語への理解や疑問が出てくる。
今後も『美女と野獣』は様々な形で語られていくのだろう。

La Belle et la Bete(2014)
監督:クリストフ・ガンズ
主演:レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセル
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# by kou-mikami | 2014-11-14 09:24 | パリの映画
フィリップ・ガレル『ジェラシー』
フィリップ・ガレルの新作『ジェラシー』を観てきた。
アンスティテュ・フランセ(日仏学院)での先行上映会で
会場には多くのガレルファンと思われる人たちが来ていた。

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【ストーリー】
物語はある家族を描いた非常に個人的なものだった。
離婚して新しい恋人クローディアとの新生活を始める男ルイが主人公。
貧しいながらも彼女を愛し役者の仕事を続けるルイは、典型的な芸術肌のパリジャンだ。
しかし徐々にクローディアは理由のない嫉妬によって精神を病んでいき、
裕福な建築家の元に去っていく。
恋人に去られて生きる希望をなくしたルイは自殺を図るが死ぬことはできなかった。
退院後、元妻との間にできた娘と会話することにより、
ルイは人生にかすかな希望を見出していく。

『ジェラシー』は離婚と再婚を繰り返す男女の空しい生活が細かく描かれていて、
現代フランスの恋愛としては、なかなかリアリティがある。
この映画のもう一人の主役は主人公の娘シャルロットで、大人びた感じがまた可愛い。
家を出ていった父と外で会って話したりするシーンはフランスの典型的な家族風景で、
そこにある種の希望が見えるが、物語はどこにも行きつかずに不意に終わる。
終わってみると物語というよりは断片的な人生の一部分を観たような感じだ。

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【主観的で個人的な愛に関する物語】
監督フィリップ・ガレルは自身を「ヌーヴェル・ヴァーグの弟子」と言っており、
その作風はやはりヌーヴェル・ヴァーグの作家たちの意思を継承しているように思える。
その特徴としては「個人的で主観的」であることが挙げられるだろう。
大きな物語やクライマックスがあるわけではなく、世界は個人の家族に限定される。
そこには社会悪もヒーローも、解き明かすべき謎も、暴くべき陰謀も出てこない。
そして自分の愛する人をカメラの中に収めたいという個人的な欲求。
女優の顔のクローズアップを多用した主観的な視線。
これらはフランス映画の本質をついており、やはり『ジェラシー』は
ヌーヴェル・ヴァーグの流れを継承した作品と言えるだろう。

フィリップ・ガレルは今までにヴェルヴェット・アンダーグラウンドの歌姫ニコや
女優ジーン・セバーグなど、彼が愛した女性たちをスクリーンの中に登場させている。
それは物語構成のために必要な役者としてではなく、
ただ彼女たちをスクリーンに映したいがためである。
そこには客観的な映画制作はなく、あくまで主観的なスタンスから映画を生み出している。
それはまたハリウッドと相反するフランス映画の特徴の一つとも言えるし、
今でもそのような映画はフランスでは評価の対象となっている。
そこがガレルの映画が美しく芸術的である理由だと思う。

フィリップ・ガレルは映画という第9の芸術についてこう言っている。
「芸術とは主観的なものであり、客観的な芸術などありえない」


【『ジェラシー』というタイトルについて】
『ジェラシー』はタイトル通り、嫉妬という感情をテーマにした映画だ。
しかし嫉妬の感情に苦しめられるのは主人公ではなく、
主人公に離婚を切り出された元妻であり、主人公の新恋人であるクローディアだ。
フランス語のLa Jalousieが女性名詞であるのは偶然だと思うが、
やはりある意味で『ジェラシー』は女性の視点から見た映画かもしれない。

また監督はジェラシーという感情についてこう言っている。
「『嫉妬』というのは『不和』よりひどい状態だ。
だが同時に、『嫉妬』とは誰もがかつて感じたことのある何かであり、
誰もが罪悪感を感じるもので、さらにはその正体を解明したいと思わせる側面もある」

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【存在感の希薄なルイ・ガレル】
女性たちの嫉妬が強く画面に出た映画『ジェラシー』だが
その一方で肝心の主人公であるルイの存在がとても希薄な気がした。
あまり感情が表にでない人物なのかもしれないが、
女性と恋をして演劇に熱中するも、主人公として何かが足りない。
彼の苦悩というのものがリアリティをもって感じることがあまりできなかった。
彼がピストルで自殺を図ろうとする場面も、どこか演劇的で現実味がない。
自分を傷つけて相手の気を引こうとするのはパリジャンの特徴なのだろうか。
またそこには男が行うある種のロマンチシズムが感じられ、
女性の現実的な面との差異がより浮き彫りになる気がした。

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【美しいモノクロ映像】
ガレルの映画が美しいのは、被写体への強い愛情だけでなく、
彼の撮影技術が伝統に則ったものだからかもしれない。
『ジェラシー』には物語の流れよりも、美しい映像を撮りたいという監督の偏った熱意が感じられる。
しかしそのような偏狭的な想いがあるからこそ、彼の映画は美しく芸術的でもある。
また技術に関しては今回の映画は35ミリのモノクロで撮影されている。
フィリップ・ガレルは映画発明当時の無声映画が大好きで、
現在の商業的なスペクタクルにはあまり関心がないという。

フィリップ・ガレルは映画の伝統を守る意義についてこう語っている。
「私はリュミエール兄弟の時代の映画の伝統にこだわっています。
逆説的に聞こえますが、芸術的な意味では初期の伝統に執着することによって、
かえって革命的になれると思うのです」

また彼は古いカメラで映画撮影を続けることをについてこうも言っている。
「古いカメラで撮る、35ミリフィルムを使うことや編集機材を使うこと、
こうした手法をあきらめてはいけないということです。
そうでないとこういった手法は、今に商業映画に、つまり産業としての映画に潰されてしまいます。ですから絶対にあきらめてはいけないのです」


【『ジェラシー』に見るフランスの家族】
この映画を観てわかるのは、
離婚後も子供と良好な関係を保つフランス人家族の強いつながりだ。
男と女は別れたとしても、2人の子供との関係にヒビをいれることはしない。
子供にとってはいつまでも父と母であり、親権がどちらに渡ったとしても
両親は子供に定期的に会って話しその愛を確認する。
日本ではなかなか見られない光景だがフランスではそれが自然な社会の形だ。
これはフランス人が人生を愛すべき舞台として保つための秘訣のような気もする。

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『ジェラシー』ではそんな典型的なフランスの親子関係が描かれていた。
この物語はガレルの父モーリス・ガレルをモデルにした物語になっているという。
またその主人公を実の息子ルイ・ガレルが演じており、
ルイの実の妹エステル・ガレルも妹役として映画に出演している。
脚本には現在の妻であるキャロリーヌ・ドリュアス=ガレルが参加しているというから
一家総出で映画に情熱をかけているという奇跡のような家族映画だ。
しかし、このような家族ぐるみで純粋な映画制作ができるのも、
日本と違うフランスならではの文化的土壌がなせるものだと思う。
ガレルにとって、映画は家族であり、家族は映画であるのかもしれない。

"La Jalousie" 『ジェラシー』 (2013/フランス)
監督:フィリップ・ガレル
撮影:ウィリー・クラン
出演:ルイ・ガレル、アナ・ムグラリス
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# by kou-mikami | 2014-09-18 10:03 | パリの映画
『アデル、ブルーは熱い色』
『アデル、ブルーは熱い色』をようやく観た。
映画史上初めて監督と主演女優2人にパルムドール賞(最高賞)が受賞されたことで
話題になっていた作品だが、
個人的には青い髪のレア・セドゥが出演することで一年ほど前から気になっていた。
青い髪という設定は原作のフランス漫画(バンドデシネ)から来ていて
そのビジュアルインパクトがなんだか日本の漫画のキャラクターに重なる気がした。

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まず上映時間が3時間と聞いてその長さに驚いた。
映画を観て、たしかに長かったが、それは悪い意味ではなく、
まるでアデルという女性の人生に何年間も入り込んだような濃密な3時間だった。

【ストーリー】
恋に不器用な高校生アデルは、道ですれ違った青い髪の女性エマに一瞬で恋に落ちる。
同性愛者が集まるバーで偶然エマと再会したアデルは、彼女との距離を徐々に縮め、
美学生エマの不思議で哲学的で奔放な世界観に魅了されていく。
そして、自分の中にある性に気づき、肉体を重ねることの歓びを知る。
数年後に幼稚園の教師になったアデルは、エマと同棲しながら彼女の絵のモデルをつとめて幸せな日々を送るが、二人の距離は徐々に離れていく。

【女性同士の激しい恋愛を描いた映画】
映画は2人の女性の恋愛を描いた単純なものだった。
ストーリーに関しては他の恋愛映画と大差はないだろう。
アデルとエマが出会って、恋に落ちて、別れていく。
運命の出会い、それが女性同士だっただけだ。
しかし他の映画と決定的に違うのは、その圧倒的な激しさと表情のリアリティだ。
お決まりの恋愛映画やコメディ映画のワンパターン的な演技は微塵もなく
そこにあるのは本物の人間が放つ生々しく観ていて痛くなるほどの欲望だ。
スクリーンを通してアデルとエマの「生きるための歓び」がこんなにも直に伝わってくるのは
数分間の長いセックス描写のためだろう。

【生々しくも美しいセックスシーン】
この映画の見どころの一つは2人が愛し合うシーンだ。
アデルとエマの女性同士のセックスシーンはリアルで激しく長く、
触れ合う二人の肌の色の違いが際立って生々しい。
しかしこれがポルノではなく映画として成立しているのは
2人がお互いを本気で求め合っているからだ。
まるで自分自身の欠けた破片を補い合うように重なり合って眠る2人の姿は美しい。
幼い顔立ちのアデルが相手に求める視線の強さは、動物的な本能を感じさせて、恋が自然なものであることを改めて教えてくれる。
対照的な2人を引き合わせる磁場というものがどこにあるのかは分からないが、
その2人が惹かれあい一緒になるところに、この映画の美しさがある。

【愛を知る歓びの先にあるもの】
しかしこの映画は愛を知った主人公の「生きる歓び」を感じると当時に、
後半で「失う悲しみ」が表現されているところにこそ魅力がある。
「愛を知る歓び」は「愛を失う悲しみ」によってこそ、より強調される。
それは誰もが経験する普遍的な出来事であり、それこそが人生そのものだ。
唐突に訪れるラストシーンに、人生をやり直そうとする主人公の強い意志を感じられた。

【主演のエマについて】
エマを演じたレア・セドゥの演技力のすごさには今回改めて驚かされた。
特にアデルをアパルトマンから追い出すときの剣幕はかなり恐ろしい。本気すぎる。
『美しい人』のときの黒髪の主人公の役が個人的には一番好きだが、今回のブルーヘアーのレア・セドゥもインパクトが大きい。彼女はアデルが一目ぼれする運命の女エマを見事に演じている。
2013年2月号のフィガロジャポンのインタビューで彼女はこう語っている。
「私が思うに、ファム・ファタルというのは強靭さを持っている女性のこと。
突き詰めれば、男性に全く依存していない、すべてのことからフリーな存在という気がする」

【主演のアデルについて】
アデル役のアデル・エグザルコプロスは初めて観たが、すごい女優だった。
パリ出身で、9歳の時から演技の勉強を始めている。
ジェーン・バーキンが監督した映画『Boxes』や『黄色い星の子供たち』に出演し、
『Les Enfants de Timpelbach』では主演を務め、フランスで有名となる。
そして今回の映画『アデル、ブルーは熱い色』に出演し、パルムドールを受賞した。
人間の歓びと悲しみを豊かな表情で生き生きと表現していて、視線の強さが印象的。
恋を知らない高校生の幼さから、全てを失い再出発する女性の強さまでを完璧に演じていた。ビーバーのような動物的可愛らしさも魅力だ。
また一番印象的だったのは、自宅でアデルが口を汚しながら思いきりボロネーゼパスタを食べているシーンだったかもしれない。セックスも食欲も同じ人間の本能。それを貪欲に描ききった監督の強い意志を感じた。

『アデル、ブルーは熱い色』は簡単に言えば女性同士の激しい恋の物語。
しかしそれはレズビアンという枠を出て、肉体を欲する人間の生そのものだ。
偶然出会い、相手に触れて、また別れていく。
そのあまりの激しさはやはりフランス映画だ。
忘れていた熱い想いを思い出させてくれる強烈な作品だった。

『アデル、ブルーは熱い色』(2013)
監督・脚本:アブデラティフ・ケシシュ
原作:ジュリー・マロ『ブルーは熱い色』
出演:アデル・エグザルコプロス、レア・セドゥ
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# by kou-mikami | 2014-05-10 12:54 | パリの映画
悲劇的な友情 アンヌ=ソフィ・ブラスム『深く息を吸って』
人は過ちを犯した時、それを告白することで楽になりたいと思う。

アンヌ=ソフィ・ブラスムの『深く息を吸って』を読んだ。
裏表紙に書かれた「第2のサガン」というキャッチコピーに惹かれて
手に取った小説だが、これはまさに孤独なパリジェンヌの
告白の書というべきものだった。

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作者のアンヌ=ソフィ・ブラスムは1984年生まれ。
フランス東部の町メッツに住み、17歳の時にこの小説でデビュー。
フランスで出版されベストセラーになったそうだ。

10代特有の純粋さと透明感を見事に描いていて、
それゆえの孤独で狂気的な世界が、自分の過去の痛みと伴って
強い共感を持つ作品だった。


【ストーリー】
19歳の少女シャルレーヌは殺人の罪で刑務所に入っている。
彼女は苦しみを吐きだすように、人を殺すに至った経緯を読者に語っていく。
まだ記憶の不確かな幼年時代から、小学生、コレージュ、リセでの
孤独な生活、初めての恋、そして殺人を犯した日の夜の闇まで。

「わたしの幼年時代はほかの子とは違っていた。浮かれ騒ぐこの世の中で、
わたしは自分だけの独自の世界しか感じ取れずにいたのだ。
おそらくこんなふうに孤独を必要としていたことや、他人に理解されずにいたことが、あるときはじめてわたしを"書く"ということにつき動かしたのだろう。」

前半はどこにでもいる内気な少女の回想録といった感じで、さほど意外性はなかった。
しかし主人公がコレージュ(中学校)でサラという女性に出会ったことで、
物語は徐々に狂気的な闇に支配されていく。
生涯の親友だと思っていたサラとのあまりに美しい思い出が綴られるが、
サラは友人のふりをしてシャルレーヌを利用していただけだった。
しかしシャルレーヌはサラの友情を盲目に信じて彼女を慕い続ける。
そして彼女の中でそれは次第に憎しみと狂気に変わっていく。

「普通の人のようにふるまおうと努力しても、自分自身の狂気からは逃げられない。
だって、狂気は何よりも強いのだから。
だから遅かれ早かれふたたび顔を出してくる。お手上げだった。
狂気を鎮めるには、真正面から向きあい、
その命令をひとつひとつ実行していくしかなかった。
結果がどうであろうと、それは問題ではなくて、
実行に移すことで、ようやく狂気から解放されるのだった」

彼女にとって殺人は実行しなければならない問題だった。
彼女の中に狂気が少しずつ生まれていく過程が緻密に描かれ、
彼女の恐ろしい計画を誰も止めることはできない。
それでも彼女の行動を何度も食い止めたいと思うほど
彼女の心の悲しみが自分のことのように伝わってくる。
10代ゆえの残酷な友人関係が起こした悲劇だが、
これは誰の心の中にもある普遍的なものなのかもしれない。


【書くことの意義】

主人公シャルレーヌの孤独で繊細な感覚がよく伝わるエピソードがある。
彼女は8歳の時に親からノートを買ってもらう。
そして彼女は今までの孤独を癒すかのように、自分の世界を
そのノートに書き込んでいく。

「書くということは喜び以上のものであり、単に必要だという以上の意味があった。そして現在もなお、わたしの真実であり、明白な現実に対する、私にとっての唯一の防衛手段なのだ。」

これはおそらく、作者アンヌ=ソフィ・ブラスムが小説家になることを決めた
理由でもあるのかもしれない。
彼女はインタビューでも主人公の一部は自分に似ていると語っている。

「Respireは自伝ではないけれど、サラとの悲劇的な友情を語るシャルレーヌと私は
どこか似たところがある」


【狂気に勝つことはできない】

『深く息を吸って』はパリに住む孤独な少女の物語。
彼女が歩む孤独の世界はつらすぎるものだけど、
初めて人を愛することの素晴らしさを知った彼女の喜びにはこちらも胸が熱くなる。

しかし彼女は自分の中にある狂気に打ち勝つことはできず、
幸せを全て捨てて恐ろしいラストへと突き進んでしまう。
しかし彼女にとってはそれがやらなければならない「正しい道」だった。
世間的に悪を働いても、彼女の世界の論理で言えば「私は勝った」となる。
それが自分の人生にとって幸せではない道だとしても。

彼女は独房を出た後、どんな人生を歩むのだろうか。
これはあまりに純粋な世界を描いた悲劇的な友情の物語だ。


アンヌ=ソフィ・ブラスム『深く息を吸って』
"Respire"(2001)
Anne-Sophie Brasme
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# by kou-mikami | 2014-04-12 07:58 | パリの小説
ギヨーム・ブラック『女っ気なし』
映画『遭難者』と『女っ気なし』を観てきた。

フランスの映画監督ギヨーム・ブラック(Guillaume Brac)の劇場初公開作品。
「新しいヌーヴェル・ヴァーグ」を予感させるバカンス映画で、
久しぶりにすごい監督が出てきたと嬉しくなった。

ジャック・ロジエ監督の『オルエットの方へ』を観たときの衝撃を思い出す。
しかしこちらの映画は華やかなOLたちではなく、地味な青年が主人公。
バカンス映画だけど、映画全体に漂ううらぶれてさえない感じが、とてもいい。
孤独でせつないエリック・ロメール映画といった風情を感じさせる。

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【ストーリー】

さびれたリゾート街オルトでホテルの管理人をしているシルヴァンは
バカンスでパリから遊びに来た母娘をホテルに迎える。
天真爛漫でグラマラスな母親と読書好きの美しい娘。
恋人のいないシルヴァンは、なんとか母親の気を惹こうとするが
あと一歩のところでうまくいかない。
日々は過ぎ、そしてバカンスにも終わりがやってくる。

『女っ気なし』はダメ男好きにはたまらない映画だろう。
アメリカ映画ではポール・ジアマッティ主演の『サイドウェイ』を思い出すが、
このフランス映画はさらにリアリティを持って観客の前に提示される。
そして、それは自分自身の心の中にあるダメさの反映となって共鳴する。
またこの映画には美しい映像が全く出てこない。それなのに切なく美しい。
これはまさにヌーヴェル・ヴァーグを継承する監督の才能だろう。

【俳優ヴァンサン・マケーニュ】

今回の収穫は映画だけでなく、その主演俳優だった。
両方の映画に出演していたヴァンサン・マケーニュ(Vincent Macaigne)の
シャイなダメ男ぶりが文句無しに素晴らしい。
一目見て好きになった俳優だ。
もともとは舞台演出や監督の仕事がメインのようだが、
今回友人であるギヨーム・ブラックに頼まれて出演したということだった。

フランス人らしからぬシャイでさえないダメ男を演じたヴァンサン・マケーニュは愛らしく憎めない。
本当に素晴らしい俳優はスクリーンの中で主張せず、
どこにでもいそうな人間としてまるで空気のように溶け込んでいる。
そしてその場にカメラがあることを全く忘れさせてくれる。
ヴァンサン・マケーニュはまさにそんな俳優だ。
彼のような俳優は、ロメール映画にあるようなバカンスで起こる何気ない展開にとても合っている。
そして青年特有の暗い世界を予感させるのも、この映画の魅力の一つとなっている。

【『女っ気なし』のプロローグとなった『遭難者』】

もう一つの映画『遭難者』は『女っ気なし』のプロローグとなる短編だった。
とくに物語が続いているわけではないが、
舞台が同じうらぶれたリゾートの町で、出てくる青年シルヴァンも一緒だ。
パリからこの町に自転車でやってきたサイクリストに一晩の宿を
貸すシルヴァンだが、彼の恋を助けようと余計なおせっかいをしたばっかりに
男の怒りを買ってしまう。
軽やかでユーモアがあって、そして悲しい余韻を残すこの作品は
次に続くバカンス映画の裏話といった役割にもなっている。

【ヌーヴェルヴァーグの精神を引き継ぐ新たなバカンス映画】

『女っ気なし』は『夏物語』と『オルエットの方へ』に次ぐ素晴らしいバカンス映画。
ラストに訪れるバカンスの終わりの開放された雰囲気もいい。
リアリティあふれる色彩とカメラワークはジャック・ロジエ監督の映画に通じるけど、
なにもかもさえない感じがこの映画の特徴でもある。
天気の悪いうらぶれたリゾート街を舞台に、
独り身の青年のなかなか実らない恋をユーモアを交えて描く。
ギヨーム・ブラックの『女っ気なし』はまさに、
あのヌーヴェル・ヴァーグの精神が今も続いていることを教えてくれた。
今年最も印象に残る映画になる気がした。


『女っ気なし』 Un monde sans femmes (2011)
監督:ギヨーム・ブラック
出演:ヴァンサン・マケーニュ、ロール・カラミー、コンスタンス・ルソー

『遭難者』Le Naufrage (2009)
監督:ギヨーム・ブラック
出演:ジュリアン・リュカ、ヴァンサン・マケーニュ、アデライード・ルルー
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# by kou-mikami | 2014-04-04 12:11 | パリの映画



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by kou-mikami
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