フランス人は読書してる?パリの読書事情
9月になり、少しずつ秋へ向けて涼しくなってきています。
秋と言えば「読書の秋」ですね。
フランス人はよく本を読んでいるイメージがあります。
バカンス中やピクニック中に日差しの中で寝転びながら読むというスタイルは、
まさに欧米人の休暇といった感じです。フランス映画にも読書するシーンが多いです。
また議論の好きなフランス人は言葉への執着が強いのも事実。多くの優れた作家を出し、
一般の人たちも文学への教養が高いような気がします。
特にパリには出版社や書店が集まる知的な地区も存在します。
しかし実際にフランス人はどれくらい本を読んでいるのでしょう。

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【読書時間は1週間で6.9時間】

パリの読書事情を見てみましょう。
東京と同じで時間に追われがちなパリ。通勤途中のメトロの中で読む人が多いそうです。
他には夜寝る前に読む人も多いようですね。
ベッドの上で上半身裸のまま本を読む姿は、フランス映画でもよく見られる光景です。
フランソワ・トリュフォーの映画『家庭』のように、夫婦がベッドでそれぞれ違う本を読みながらその本の感想を言い合う場面もあるのかもしれません(理想の夫婦像です)。
1週間辺りの読書時間は6.9時間で、1日1時間は読書の時間に費やしていることになりますね(2005年NOP World Culture Score発表)。
生活の中に読書の時間があるのはやはり豊かな文化国といった感じがします。
いくら生活水準が上がっても本を読む時間さえなければ、それは文化国とは言えないのかもしれません。
フランス語以外の本では英語の次に日本語の本が多いというのも、日本人にとっては嬉しいですね。
おそらく村上春樹の小説や日本の漫画の影響もありそうです。


【やはり紙が好きなフランス人】

2009年のフィガロ紙の記事によれば、電子書籍などの画面で読むよりは紙をめくって楽しみたいという人が多いようです。
映画や音楽はダウンロードして電子端末で楽しみたいという人が40%いたのに対して、
本をダウンロードしたいという人はたったの5%。やはり紙としての本を重要視していることが分かります。
パリに昔ながらの装丁職人(リルユール)が存在するのもフランス人が本そのものにいかに愛着を持っている証拠だと思います。

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【ベストセラーだけに偏らない読書趣向】

日本ではベストセラーがたくさん売れてその他の本はあまり売れない状況ですが(俗にいう出版不況)、
フランスではベストセラーの売り上げは全体のわずか5%ほどで、
それ以外の本の売り上げが大部分を占めているとのことです。
これはフランス人がそれぞれの独自の好みの本を買っていて、
書店側も読者の希望に応えた多種多様な本をそろえていることを意味します。
一時の流行にとらわれない真の読書家が多いということかもしれません。
そのため書店のクオリティ(品ぞろえや陳列方法)も非常に高く、
かつお店それぞれに独自の味があります。
日本のようにどのお店に行っても同じ本が並んでいるということはありません。
パリの書店巡りは本好きにはたまらないパリ散策の一つです。


【一年間で1冊も本を読まない人が3割も】

しかし驚くべき結果もあります。2009年にラ・クロワ紙が18歳以上のフランス人を対象に行った調査によると、フランス人の30%は年間1冊も本を読んでいないという結果が出ました。
年間1~5冊読んでいる人は少し多い34%です。年間6~10冊読む人は13%と急に割合が少なくなります。
また逆に50冊以上読む人はフランス国民の3%いるという事実も見逃せません。
やはりフランス人の教養は読書によって作られているようですが、
サン・ジェルマン・デ・プレ周辺も出版社が減ってきたようで、
今後フランス人の読書人口が減っていくのではという危惧もあります。


【パリにあるワインが飲める読書バー】

読書離れが進んでいるかにみえるフランスですが、パリには読書に関する素敵なお店がたくさんあります。
その中のひとつLa Belle Hortense(ラ・ベル・オルテンス)はワインが飲める読書バー。
手前はバーになっていますが、奥に入るとプライベートな書斎スペースがあり、ワインを飲みながら好きな本を手に取って読むことができます。
ここの赤ワインはとても上質で、読書にもぴったり。
フランスのかわいい絵本やパリの写真集もあるので気軽に楽しむことができます。
知的なフランス人カップルがいることもあっていろいろ刺激を受けることも。
秋のパリに行かれる方は一度行ってみてはいかがでしょうか。

La Belle Hortense
住所:31 rue Vieille du Tempre, 75004 Paris
最寄メトロ:サン・ポール駅(St-Paul)

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本の祭典「サロン・ドゥ・リーヴル」

他にフランス人の読書好きを体験できるイベントとしてサロン・ドゥ・リーヴル(本のサロン)があります。
これは毎年様々な出版社が集まって本を紹介・販売する国際的な書籍見本市。
海外からの出展もあり、フランス人にとっては新たな国の本に出会えるチャンスでもあります。
人気のコーナーは作家のサイン会や講演会など。
毎年一つの国に焦点を当ててその国の文学を紹介するイベントもあり、
2012年は日本が招待国に選ばれました。開催期間は多くの本好きが集まり、
新しい本や作家と出会う機会となる世界的な読書イベントです。
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# by kou-mikami | 2013-09-03 21:04 | パリの文化
ダヴィド・フェンキノス『ナタリー』
久しぶりに現代フランス作家の恋愛小説を読みました。
読みやすい文章、軽やかな文体、物語と関係のない断章の数々、
いかにも女性に好まれそうな現代作家といった感じです。
ネットで見る限り、日本人女性読者の評価は高いようですね。

最初の数ページはよくある恋愛小説かなと思っていましたが、
その後大きな喪失を経験した女主人公の心理が非常に細やかに描かれ、
また彼女を取り巻く登場人物のコミカルさが非常に面白く、惹きこまれました。
主人公たちの映像が頭に浮かび、映画を観ているような感覚でした。

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【ストーリーについて】
幸せな結婚生活をしていたパリに住む女性ナタリー。
しかしある日夫のフランソワを交通事故で失くします。
その後、深い喪失感を抱えながら自宅にひきこもっていましたが、
ある日会社に復帰してひたすら仕事に打ち込む毎日が始まります。
しかし彼女の心は以前と同じで固く閉ざされたままでした。
会社の社長シャルルの誠意とセクハラの交じった誘惑にも無反応で、
バーで出会ったいい感じの男性との夜も自分から逃げてしまいます。
もう仕事以外の何も彼女の関心を引き付けることはできませんでした。
しかしあるときオタク気質で冴えないスウェーデン人の部下マルキュスが
彼女のオフィスに入って来た時、彼女にある変化が生まれます。

この小説は平凡な日常とどこにでもありそうな恋愛を扱っていながら、
心理描写と一見意味のないディティールを巧みに配置することで、
読者に先へと読ませる力を持っています。
後半からの展開はあまりに唐突で奇抜なストーリーだと思いましたが、
普通の恋愛小説とは全く異なる状況が反対にリアリティを感じさせます。
読み終わって、この物語の伝える視点の面白さに気付きました。

【喪失のあとにやってくる変化】
この物語は人間についての鋭い観察記録とも言えます。
深い喪失で苦しみを持っている人は、もう何かを楽しんだり幸せを感じたりすることが
難しいと思えてしまうことがあります。特に親しい人を失った時には。
しかし人間の身体は常に変化をしています。
心は閉ざされていても、生命としての身体が自分自身を
あるとき次の人生へ突き動かしていくことがあるのかもしれません。
そんな可能性を感じさせてくれたのが『ナタリー』でした。

【3人の視点から描き、男女の心理を両側から描写】
またこの小説の面白いところは、心理描写の主体が変わることです。
もちろんナタリーが主人公なのですが、部下マルキュスや社長シャルルの
視点からみた男性心理の変化も描かれていて、
愛する女性を得ようとする男性の滑稽なまでの思考や行動が興味深い。
履歴書の写真を見た時からナタリーを気に入ってしまった社長シャルルは、
様々な策を使って夫を失ったナタリーを誘惑します。
しかし最終的にはナタリーに拒絶されて絶望の淵に落とされます。
しかしその悲しみによって、彼には新しい変化と今までにない感情が生まれます。

【フランス企業内のコメディ】
また『ナタリー』は企業内のコミカルな人間模様を描いた小説としても楽しめます。
スウェーデンと取引のあるフランス企業が舞台ですが、
出てくる人物はどれもキャラクターが立っていて、漫画の人物のようでもあります。
セクハラをする社長に噂好きの部下など、だいぶ誇張されているようにも見えますが
フランス人にはこのような人がいるだろうなというリアルさも感じさせます。

【小説に登場する音楽と文学】
小説の中に実在の音楽や文学、映画が登場することも印象的でした。
主人公と亡き夫の思い出の曲として
アラン・スーションの『逃げ去る愛』が出てきます。
これはフランソワ・トリュフォーのアントワーヌ・ドワネルシリーズの
最後の作品『逃げ去る恋』(L'Amour en fuite/1979)の中で流れていたもの。
個人的にこの映画シリーズが好きなので、ナタリーの存在が
すごく身近なものとして感じることができました。
また彼女が読んでいた小説はコルタサルの『石蹴り遊び』。
幻想作家の長編を読む女性、一筋縄ではいかない感じが伝わってきます。

読後感としては、とても読みやすい恋愛小説でした。
なんだか最近の恋愛映画を観たような感じで、
登場人物の滑稽なキャラクターや目に浮かぶような描写も映画的です。
しかし決して軽い小説ではなく、そこに含まれる人間への観察眼は
まさにフランス小説といった深い味わいがありました。

ちなみにオドレイ・トトゥ主演ですでに映画化されており、
原作者ダヴィド・フェンキノスが弟と共同で監督をしています。
こちらも是非観てみたいと思います。

『ナタリー』"La Delicatesse"(2012)
ダヴィド・フェンキノス著
中島さおり訳
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# by kou-mikami | 2013-08-30 19:07 | パリの作家・芸術家
アメリー・ノートン『チューブな形而上学』
ベルギーの作家アメリー・ノートンの小説『チューブな形而上学』を読みました。
生まれから3歳までの記憶を元にした驚くべき物語(自伝)です。

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デビュー作『殺人者の健康法』を読んで以来、
彼女の作品の独創的な世界観に毎回魅せられてきました。
あまりにミニマルで深い世界を独自の理論で掘り下げて真理へと導く彼女の作風は
ヨーロッパで最も人気のある作家と言われ、新作が出るたびに注目されています。
外交官を父に持つアメリーは、5歳まで日本で暮らしていたそうで、
日本への強い想いが描かれた小説が多いのが特徴です。
日本企業を舞台にした『畏れ慄いて』は映画にもなりました。

今回の『チューブな形而上学』も日本が舞台です。
場所は彼女が幼少時代を過ごした大阪の夙川。
自分がこの世に生まれてから3歳までの自伝という形をとった信じられない小説です。
ほとんどの人間が記憶の外にあるはずの3歳児までの世界を
彼女はなんとも哲学的に語っています。
どこまでが本当のことなのか分からないほど、物語は理論的であり驚異的です。

「はじめに無があった」という書き出しで始まりますが、
これは新約聖書の書き出し「はじめに言葉があった」と掛けています。
おそらく世界の始まり、宇宙の始まりを意味するのでしょう。
たまに子どもとは宇宙からやってきた生命なのではないかと感じることがありますが
もしかしたら本当に一つの新しい宇宙が体内に潜んでいるのかもしれません。
生まれたばかりの頃、主人公は自分のことを「神」だと信じ、「無」であることに満足していました。

「神は完璧なる充足であった―
何も欲さず、何も期待せず、何も知覚せず、何も拒絶せず、何に対しても興味がなかった。」

つまり彼女は存在するだけの存在で、周りの世界には全く無関心だったのです。
泣き声もあげなければ手足を動かすこともせず、周りの世界を見ることもない。
ただ体内に栄養を摂取し、排せつするだけの生き物。
タイトルにある「チューブ」とはそんな「入れて出すだけの状態」からきています。
これは通常の人間の子供ではありえない異例のケースです。

何に対しても反応せず動くことさえしない主人公を両親は心配し、医者に見せますが解決はしません。
人間としての特徴を持たない主人公に対して、両親は彼女を「プラント(植物)」と呼びます。この辺りはアメリー・ノートン独特のブラックなセンスです。

彼女は人生の約2年間をこのような無として過ごします。
そして生まれてから2年半が経ったある日、
ベルギーからやってきた祖母がくれたベルギー産のホワイトチョコレートを食べることによって、世界は素晴らしい知覚に満ちていることを初めて知ります。
具体的なお菓子が、彼女を人間の世界に連れて行ったという事実が面白いです。

「喜びというのは素晴らしいものだわ。だってわたしが『わたし』だってことを教えてくれたんだもの」

彼女はホワイトチョコレートの甘みによって自分を獲得したのです。
この視点については、人間の存在について深く考えさせてくれます。
自分とは何か。それはおそらく今この場所で知覚している状態そのものなのでしょう。
世界に対して寒いと感じたり暑いと感じたり美味しいと感じることこそ
自分の存在を教えてくれるもっとも確かな証拠です。
美味しさを発見することは自分を発見すること。
それほどまでに味覚とは大事なものなのだと改めて実感させてくれるエピソードです。

2歳半にしてようやく人間となった主人公はその後
ベルギー人の両親、兄と姉、優しい日本人家政婦のニシオさんに囲まれながら
様々な興味をもって周りの世界を知って行きます。
この辺りから家族の日常生活がユーモアをもって描かれ、
コメディ的な要素が詰まったエピソードがいくつも挟まれます。
特にベルギー人の父親が仕事の合間に「能」を習い始めた下りは非常に面白いです。
ベルギー人から見た日本文化という視点でもこの本は非常によくできています。

主人公は通常の子供と同じ、いやそれ以上に世界に関心を持ち成長していきます。
外交官という父の仕事に興味と疑いを持ち、海水浴場で死への恐怖を体験し、
鯉という口を開けて餌を待つ魚の醜さを嫌悪し、本を読んで言葉の持つ力に感動します。

「本の中で『猫』という単語を見たら、
それは私の知っている近所の美しい目をした猫とは違う猫のことだ。
けれども本の中のその単語は、わたしに近所の猫が見せてくれた眼差しを思い起こさせ、
その猫に見つめられた時のような喜びを与えてくれる。」

しかし3歳になったある日、世界は大きく変化します。
大好きだった家政婦のシニオさんが辞めると言い出した時、
世界はいつか壊れることを初めて知ります。
そして、いつか日本を離れなければならない事実も知ってしまいます。

「与えられたものは奪われてしまう。ある日、ある時、何の理由もなしに、
恐ろしく厚かましい力があなたの人生を襲うのだ。」

3歳にして人生の空しさを感じた主人公の思考能力に驚きます。
美しい季節は二度と戻らぬことに悲観し(まだ四季が巡ることを知らない時期です)、
池で餌を待つ鯉の口に人間自身への不快感を感じとります。
結局人間は何かを呑み込んでは空になるチューブのような存在でしかないことに空しさを覚えます。
そしてある恐ろしい事件が起こります。

この物語で展開される彼女の思考は、3歳児にしてはあまりに高度で繊細すぎる気もします。
しかしもしかしたら自分が覚えていないだけで、
3歳までの人間は通常とは異なる鋭敏な感覚を持っていたのかもしれません。

「三歳という年齢では、あなたはまるで火星人だ。初めて降りた地球で発見したものに魅了され、同時に恐れを抱く。前代未聞の不透明な現象を観察するが、そのどれもが理解できない。
あなたは自分自身の観察の結果に基づいて、自分だけの法律を創案しなければならない。」

生まれてから3歳までの記憶を元にした物語。かつてこんな小説はありませんでした。
今までにない新しい世界を作り出すことが小説の役目だとしたら、
彼女の小説は完全な成功を収めたと言っていいでしょう。

まだ記憶の外にある存在だった自分を掘り起こすような体験をしたい方には
おすすめの小説です。
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# by kou-mikami | 2013-08-24 09:21 | パリの作家・芸術家
クロード・ミレールの遺作『テレーズ・デスケルウ』
2013年のフランス映画祭で『テレーズ・デスケルウ』(Therese Desqueyroux)を観た。
この映画を観ることにした大きな理由は2つ。
女性のダークサイドを描いた映画であるということと
主演が『アメリ』で有名になったオドレイ・トトゥだということ。
2012年に他界したクロード・ミレール監督の遺作となったこの映画は、
私にとってずっしりとした印象を残す素晴らしい映画だった。

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ストーリー
女性のダークサイドというのは映画祭のチラシに書かれていた言葉だが、
原作を読むと、それは一言では説明できないもっと深いものであることに気づく。
原作はフランソワ・モーリアックの小説『テレーズ・デスケルウ』(1927)。
舞台は20世紀初頭のフランス・ランド地方アルジュルーズ。
財産目当ての家同士の結婚が普通だった時代の女性テレーズが主人公である。
良家の娘だった読書家のテレーズはデスケルウ家の長男ベルナールと結婚する。
嫁ぎ先のデスケルウ家は広大な松林を所有しており、結婚によってテレーズも
松林の一部を財産として手に入れることになる。それも計算の一つであった。
そして彼女はテレーズ・デスケルウとして頼りになるよき妻になろうとした。
周囲の期待応えて普通に結婚すれば、全てはうまくいき悩みも消えると思っていた。

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しかし平凡で想像力のないベルナールとの結婚は退屈そのものだった。
夫は猟にしか興味を持たず、彼女の文学や精神生活について理解してくれない。
子どもの頃から巣食っていた彼女の空虚な心の穴は徐々に広がり続ける。

原作の文章を借りれば、「テレーズが平和だと信じていたものは、実は仮眠の状態であり、胸の中にひそむ爬虫類の冬眠にすぎなかった」。この「爬虫類」という表現がその後彼女が起こす不可解な事件を暗示しているようで恐ろしい。その予感は結婚の日当日から始まっており、彼女は親友のアンヌとキスをしたとき「突然自分が虚無感にとらえられた」ように覚え、「自分の内側にあるこのどす黒い力と、おしろいを厚くつけた可愛い姿とのあいだに限りない距離感を感じたのである」。
映画の中のテレーズも結婚式当日に心からの笑顔はなく、どことなくぎこちない不安がつきまとっている。
美しい結婚式であるはずの風景が観る者になんとなく居心地の悪さを感じさせてしまう映像である。
マリッジブルーではなく、結婚当日にさえこのように感じてしまう彼女の闇とはどんなものなのか、その後の展開が非常に興味深くなる場面だ。

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そんな空虚な結婚生活が始まったある日、ベルナールの弟でテレーズの幼馴染だったアンヌが家族が選んだフィアンセとの結婚に反対し、貧しい家の青年に恋する。
アンヌと青年の恋をやめさせるように夫から頼まれたテレーズは青年のところに行って話をするが、逆に青年の文学への情熱や精神生活に心を動かされる。青年が告げたのは恋の素晴らしさであり、家同士の結婚の空しさであった(ちなみに青年がテレーズに『地の糧』を読んだかと聞くシーンがあった。これはアンドレ・ジッドの小説で、カミュが『孤島』に次いで影響を受けた書物)。
恋愛の素晴らしさを目の当たりにしたテレーズは、ついに夫に対してある恐ろしい計画を実行する。

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女性が持つ空虚な穴を描いた恐ろしい映画
このようにストーリーだけを書くと、よくある愛憎の殺人ドラマに見えるかもしれない。
しかしこの小説の真に恐ろしい部分は、彼女を殺人に駆り立てた明確な理由がないところである。
現在のドラマでなら不倫・保険金・憎しみなどが挙げられるが
彼女は夫を憎んでいるわけでもお金を盗もうとするわけでもない。
この物語が描こうとしているのは殺人ではなく、テレーズという不可解な女性が持つ空虚な穴の巨大さである。そしてこれは20世紀初頭を描きながら、非常に現代的であり、今もまさにこのような女性がどこかにいるのではないかと思わせる。おそらく人を殺すのに明確な動機というものはなく、様々な種類の不安の滴が複雑に心の池に溜まり続け、それが飽和点に達した時に起こるものなのかもしれない。

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原作者モーリアックは『テレーズ・デスケルウ』の冒頭でこう書いている。
「テレーズ、あなたのような女がいるはずはないと多くの人がいう。だがぼくには、あなたは存在しているのだ。長い歳月のあいだ、ぼくはあなたを探り時には追いすがり、その素顔をみつけようとしてきた」(遠藤周作訳)
つまりモーリアック自身も彼女の本当の考えをつかみきれないでいる。また彼女が頭がよく普通の結婚に幸せを感じられなかったのも要因と言える。しかしそのような不可解な闇をもつ人間こそ、本当に語るに値する人物なのだということだろう。そしてそんな人物を描いた本作は私の心を強く動かす。
訳者の遠藤周作もテレーズの姿を求めてランド地方に旅に出ている。

事件後の空虚な生活までも描いた作品
そしてこの映画の注目すべき点は、事件が解決して終わりではなく、「事件後の生活」に重きを置いているところである。夫への殺人未遂を起こした彼女は世間体を保とうとする夫の画策で免訴となるが、その後夫との夫婦生活を無理やりに継続させられ、幽閉生活の中で今まで以上の苦しみを受ける。そして幼い頃からの親友だった夫の妹アンヌとも深い溝ができ、誰も彼女に寄りつかなくなる。家族だけでなく地元の誰もが彼女が夫を殺そうとしたと思っている。それは事実だったが、何故殺人に至ったのかその理由が彼女自身にも分からない。

自由となって彼女が手にしたものは何だったのか
その後、ようやく自由の身になった彼女はカフェで夫と別れてパリの雑踏に消えていく。その自由は離婚をしないという制限付きの自由であったが、彼女はようやく自分の生活を見つけたのだと思う。しかしそれはどんな生活なのだろう。最後に彼女が見せたわずかな微笑みは何を意味していたのだろう。物語はそこで終わっているので、その跡の彼女の足取りはは分からないが、私には彼女の気持ちが少し分かる気がする。今の空疎な生活からどこかへ逃げたいという気持ちだ。しかし逃げたところで人生の解決策はどこにもない。その空しさを描いた映画なのかもしれない。人生という不可解なものに立ち向かう女性を描いた恐ろしくも考えさせられる映画であった。

映画と小説の違い
今回観た映画はほとんど原作に忠実に作られていて、観ていて心地よかった。フランスにあるランド地方の美しい松林。ランドとは「荒れ地」を意味し文字通り水はけの悪い荒野だったが、19世紀より松の森が植えられ美しい場所となった。その風景を映像として観ることができたのはよかった。
特にテレーズの少女時代の映像は非常に美しい。幼馴染のアンヌと松林の中を自転車で走り抜けるシーンや、湖に浮かぶ小舟の中で読書をするシーン。よき昔の回想シーンとしてじっくりと語られる原作と違いほとんど一瞬で終わってしまうのがもったいなかったが、2時間という制限の中では難しいのだろう。

一方、ランド県の美しい自然と対比されるのはそこに住む伝統を守る一家の色彩のない閉塞的な生活。松の森一帯を所有するデスケルウ家に嫁いだテレーズの空虚で演劇のような生活が静かに流れる。
オドレイ・トトゥの感情を隠したような人妻の演技はとてもよかった。幸せを知らず夫と表面的に付き合い、タバコを吸う彼女は美しい女性として描かれてはいない。しかし不思議な魅力がありスクリーンから目が離せない。

原作では彼女の殺人未遂が免訴となり、家路に帰るシーンから始まる。そこから過去の回想をして事件を起こすまでの経緯が語られる。それに対して映画では過去から現在への時間軸通りに物語が進行していく。活発で読書好きだった少女時代、結婚してからの空虚な生活、事件、幽閉生活、パリでの夫との別れ。物語の順序で言えば、やはり原作の構成のほうが面白いだろう。回想シーンで徐々に過去が明らかになっていき、全てが分かったところで、現実のクライマックスが訪れる流れのほうがダイナミックだ。しかしその違いを比較するのも楽しいし、これほど原作も映画も素晴らしい作品は稀である。

ちなみに『テレーズ・デスケルウ』は50年前の1962年にジョルジュ・フランジュ監督によって最初に映画化されている。そちらの作品もいずれ観てみたい。

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フランス映画祭2013の会場にて(上映作品のポスター)

『テレーズ・デスケルウ』(Therese Desqueyroux)
監督:クロード・ミレール
出演:オドレイ・トトゥ、ジル・ルルーシュ、アナイス・ドゥムスティエ
2011年/フランス/110分
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# by kou-mikami | 2013-06-30 19:05 | パリの映画
村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで
久しぶりに村上春樹を読みました。
彼の新作が出ることは一つの大きなニュースであり、
それを読むことはどんな海外の風景よりも私を興奮させてくれます。
そのため、パリの記事とは関係ありませんが
ここで書かせていただきます。

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彼の作品を旅行でたとえるなら、
異国や見知らぬ遠くの土地へ飛行機で行くのではなく
近所に不意に出現した不可解な路地を散策する感覚。
どんな枠にもとらわれない奇抜な会話とストーリーなのに
自分の心の中にある不安と共鳴する音を持っています。

タイトルについて

『色彩と持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
最初は不可思議で長いタイトルだと感じていましたが、、
読んだ後には、この物語の重要な要素が全て詰め込まれた秀逸な題字だと思いました。
たしかに主人公は多崎つくるで、彼はたしかに色彩を持たないと自分自身を考えており、物語の中心はたしかにある意味で彼の巡礼の年になりました。
タイトルにはほぼすべてが凝縮されています。
それでいて読まなければ全く内容が分からないのが
彼の作品のすごいところでもあります。

主人公多崎つくるについて

主人公、多崎つくるはどこまでも村上春樹的な主人公。
36歳独身で、駅を設計するエンジニアの仕事についています。
都内に住んでいますが親からの資産があってお金には困らず、
女性にもそこそこもてますが体の内部に空虚を持っている。
人付き合いはいいけれど、いつも他人と距離をとっている。
家では洗濯をしアイロンをかけ、プールに泳ぎに行ったりする。
つまり、これぞ村上春樹という主人公です。
そのことが私を安心させ、すぐにその世界へ入って行けました。

物語のあらすじ(核心部分には触れていません)

物語は大学生時代の主人公が死を考えるところから始まります。
高校時代に仲の良かった5人グループの中に多崎つくるはいましたが、
ある時を境にそのグループから理由もなく追放されてしまいます。
それ以来、彼は仲間の誰とも会わずに東京で一人暮らしを続けます。
一時期は死を考えながらもかろうじて生き延び、卒業して社会人になります。
そして追放された理由も分からずに16年の歳月が流れます。
36歳になった彼はガールフレンドの助言を頼りに
追放された理由を求めてかつての仲間に会う旅に出かけます。

追放されなければならなかった理由を探ることが
この小説の一つの核でありミステリー的要素とも言えます。
しかしその理由が通常考えられるものではない世界に属するところが、
村上春樹の作品の質であり、彼にしか描けない多くの人に共感する
深い物語世界の秘密とも言えそうです。
そしてそこには普遍的で人生の示唆に満ちた思索が含まれています。
それこそが村上作品が世界中で読まれる理由だと思います。

あいまいで多義的で謎に満ちた会話

村上春樹と言えば、登場人物たちの会話にも特徴がありますね。
その会話は今回の作品でも健在です。
相手の謎を引き出すような問答や、曖昧で暗喩に満ちた説明、
ウィットの効いた比喩など、日本人の会話とは思えないものばかり。
しかも登場人物全員が同じような喋り方をするため、
主人公と話している時以外の場面ではわき役たちはどんな話し方をしているのか気になってしまうほど。
しかしそんな変わった会話が普通に行われていることこそが
村上春樹の世界の魅力でもあります。静かで強く恐ろしい。
その会話がなくなってしまったら、その作品の魅力も半減するでしょう。

『色彩を持たない多崎つくる・・・』の舞台設定

また舞台が日本だけでなくフィンランドも登場するところも
この物語に重層的でリアルな趣を与えています。
村上春樹にとって土地勘のある名古屋が主人公の故郷として
出てくるところにもリアリティがあります。

小説に登場する音楽について

そして今回もやはり音楽が重要なキーワードになってきます。
フランツ・リストの『巡礼の年』は「第1年」「第2年」「第3年」からなるピアノ独奏曲集。その中でも特に「第1年」に収録されている「ル・マル・デュ・ペイ」(Le Mal du Pays)はフランス語で「田園風景が呼び起こす哀しみ」という意味で、主人公が恋していた高校時代の友人がよく弾いていた曲です。この音楽がストーリーの中で大きな意味を持っています。小説のタイトルにある「巡礼の年」はおそらくこの曲名からとられています。

気になった点について

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで
気になった点が大きく分けて3つありました。
一つ目は最後まで解決されない謎です。
それはグループと別れてからできた唯一の友人、灰田の存在です。
彼は主人公と話が合い、よくつくるの家に遊びに来ましたが、
どこまでも謎に満ちていて、彼が話した自分の父親の逸話や、その後休学して主人公の前から消えるなど、彼の存在や意味がほとんど謎のまま物語が閉じられています。
(そんな謎があることが人生だと言われればそれまでですが)
小説全体のモチーフとなる音楽レコードを主人公の家に置いて行った彼がその後どうなったか、具体的な形では描かれていません。
私の読みが甘いせいかもしれませんが、その点が心にひっかかっています。

もう一つは主人公のガールフレンドの存在です。
彼の巡礼の旅のきっかけやアドバイスをくれる重要な存在ではありますが、
今一つ主人公が彼女に恋をする決定的な理由が見当たりません。
彼女は旅行代理店に勤めており有能ではありますが年上の男性とも付き合っているように見受けられる場面もあり、
彼女が主人公の中に占める大きさに納得できる特質があまりなかったように思えました。
つくるの心を大きく動かした彼女との出会いやエピソードがもっとあればいいなと個人的に感じました。

最後の一つは後半の物語におけるストーリーのスピードです。
小説は最初から最後まで深く興味深い旅ではありましたが、
もう少し後半で大きな衝撃や何かがあればよいなと思いました。
簡単に言えば、後半で若干スピード感が弱まるような感触を受けました。
言いかえれば説明的で概略的な文章が微妙に増えたような感じがしました。
しかしそれは読者それぞれの感覚によるものだと思います。
それにもましてこんな世界を読者に与えてくれる彼の筆力に
ただただ驚き、すでに次回作を期待せずにはいられません。

リンゴの味そのものではなく、リンゴというものの本質を味わせてくれるような
彼にしか描けない独自の不思議であまりに深い世界。
今回も素晴らしい小説を出してくれた村上春樹にただ感謝します。
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# by kou-mikami | 2013-04-20 14:37 | パリ関連・その他



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