「ほっ」と。キャンペーン
タグ:小説 ( 2 ) タグの人気記事
マルセル・ムルージ『エンリコ』
この前神保町の古書市へ行ったとき、ふと一冊の本が目に留まった。赤ワイン色の表紙にモノクロの写真が2枚載っている。まさかとは思ったが、やはりそれはウジェーヌ・アジェのパリ写真で、本には『エンリコ』という不思議なタイトルがつけられていた。小説の表紙がアジェの写真で飾られていることにただならぬ気配を感じ、買うことにした。このような発見があるからこそ古書市はやめられない。

e0141635_971429.jpg


作者はマルセル・ムルージ。初めて知ったが、どうやらシャンソンの歌手でもあったようだ。日本では『ちいさなひなげしのように』という曲で知られている。小説のタイトルは主人公の名前だった。
物語はパリの貧民街ベルヴィルで生きる少年エンリコの日常を描いたもの。心の優しい主人公の貧困と周囲からの隔絶という意味では、エマニュエル・ボーヴの作品にも通じるものがある。しかしエンリコにはボーヴの主人公のような暗さはない。暴力を振るう母親、アル中の父親に挟まれながらも、絶望的な環境の中で文句も言わずに必死に生きるエンリコは信じられないほど強い気力の持ち主だ。

ところで私は舞台となったべルヴィルに興味を持っている。パリに住んでいたころにはよくそこへ出かけ、朝市でリンゴを買ったりした。現在は貧民街というよりは移民街だが下町の雰囲気は昔と変わらず、当時も現在と似た部分はあったのだろう。パリの貧民街というだけで私はその世界に入ってみたくなるし、そこにある孤独や貧困の心象風景がまさにウジェーヌ・アジェの写真と見事に重なり合っている。本の中にも3枚だけだがアジェの写真が挿絵のように挿入されているのも嬉しく、それは図解というよりは物語に完全に溶け込んで小説の一部になっているように思えた。
文体は無駄をそぎ落としたシンプルなもの。ヘミングウェイの文体を学んだらしく、たしかに似ている。しかしヘミングウェイに詩的な描写を追加したような感じでもあり、風景描写はまさに子供の目から見たパリの風景で心に残る。

煙突のなかに、猫に似ているものがある。そうなんだ。屋根々々の上にいつも足りないのは、この無数の猫なんだ。ぐるりの風景は、いつでも同じ曲の流れだすレコードに似ている。あちこちの、重々しい記念碑や建物が、夜番みたいに、町を守っているように見える。向こうには、山々が色つきの絵のように浮かびだし、さらにその背景を、悲しげな、いくつもの白い雲が、別れの時の白いハンカチのように、流れて行く。


まさにシャンソン歌手だからこそ描ける秀逸な表現だろう。子供ならではの独特の視線でパリを見ているのが新鮮。また物語の中の時間はどんどんと流れる急流のようでもあり、一日で区切られることなく毎日続く日常が子供の目線で地続きのように語られているのも面白い。印象に残ったことだけで人生ができあがっているような感じだ。

そしてエンリコ少年の日常には貧困だけではなく、親から受け継がれた「血」の存在が暗い影を落としている。そこが小説の核となり、アルジェリア移民の子である作者マルセル・ムルージの生い立ちにも関係してくる。エンリコの父親はアルジェリア人、母はフランス人のようで、常に母親から虐待を受けている。それはエンリコがアルジェリア人である父親似であるためで、母親はアル中の夫を憎んでいるが故に、父に似ているエンリコをも憎しみの目で見ている。反対にエンリコの兄は母親似のため虐待を受けることなくかわいがられている。

「どうしてなんだろうねえ、おまえが兄ちゃんのように、青い目をしていないのは?え、そうだろう、黒ん坊や?」


母親のこのセリフは理不尽以外のなにものでもないが、それこそが人間の中にある人種的偏見なのかもしれない。差別はとんでもなく理不尽であるが、確実に人間の中に存在するものだ。母の父親に対する憎しみは父がアル中であるせいなのか、移民であるせいなのかは分からない。しかし、その憎しみにはすさまじいものがある(毎日両親の死闘のような喧嘩が繰り広げられ、エンリコはその被害を受けている)。エンリコ少年はそれをよくわかっていて、母親に憎まれていることを心の中で何度も嘆く。

『ああ、なぜぼくは父ちゃんと同じ顔に生まれてきちゃったんだ』とぼくは思う。『母ちゃんがぼくをきらうわけは、父ちゃんと似ているからなのだ。さて、今夜はどこへ行って寝よう?また墓場みたいな空き地へ行くか?』


また一番ひどいのは兄と弟を完全に差別化している母親の態度だろう。この小説では主人公の兄の存在感は驚くほど薄いが、たまに登場する兄はとにかく母親の兄に対する露骨な贔屓を見せるためだけに存在しているようでもある。たとえば次のような文章がある。

ぼくの耳に、階段をのぼってくる兄ちゃんの足音が聞こえた。しばらくして、ドアがあく。『助かった』と、ぼくは思った。母ちゃんは兄ちゃんにキスし、両手で兄ちゃんの顔をはさんだ。「かわいい子だよ」と、母ちゃんはやさしくいう。「おまえは青い美しい目を持っているんだね!」そして狂おしくキスをする。
やがて、顔を上げると、母ちゃんは不快そうにぼくを見すえ、
「一発くらわしておやり」
と、僕を指さしながら、兄ちゃんにささやいた。兄ちゃんはぼくに近づくと、ぼくをぶんなぐった。ぼくはベッドの足もとのじゅうたんの上にころがる。兄ちゃんと母ちゃんは一緒に笑いだした。できるものなら、ふたりを苦しめるために、この場で死んでやりたい、ぼくはそう思ったほど、ふたりに対して腹が立った。さも痛そうなようすをして、一度ぼくは顔をあげたが、ふたたびばったりと倒れる。ふたりの笑い声が腹にずんとこたえ、僕は恥にまみれる。気を失ったふりをしながら、頭の中で犯罪現場を思い描いた。


しかし驚くのは母親からこれほどひどく憎しみを持たれながらも、母親を恨むことなくただ耐えて生きるエンリコ少年の生命力だ。これは読んでいて信じられないほどで、またこの小説が単なる貧困の悲しい物語ではない点でもある。彼は彼なりに家族を愛し、そして正しい生き方はどこにあるのだろうと模索しているのだ。

『この世の中で、狂っていない生き方というのは、どうすれば見つかるのだろう?』と、ぼくは思った。『父ちゃんも母ちゃんも、死人のようだ。そしてぼくは、ふたりを思い出として愛している。いったいぼくはなにをしたらいいんだ?だが、そんなことはどうだっていい。若いくせに老人のように将来を思うなんて、ぼくはまっぴらだ。メンドリが、母親らしく喘息病みの幼な子を、ひなのようにかかえこんでいようと、父親が、父親の仕事をちゃんと続けようと、若者が夢想にふけろうと、また小さな信者が神を信じようと、要するにこのぼくは生きているんだ!』


エンリコ少年はこんなにも強く愛情深い。ひどい両親と一緒に暮らしながらも2人を愛し、また同じ貧民街に住む少女に恋したりもしている。父親に連れられてモンマルトル界隈の活気あふれる酒場に行ったりしてアル中の父親の看護をしたりする場面は滑稽でもあり面白い(たいていは父親が酔っぱらいすぎて、母親にひどく怒られるパターンだが)。それは世界のどこにでもいる少年と同じ姿だ。ところで酒場で子供のメニューとして出されていたグレナデンは、ザクロのシロップのようだが、それはパリの酒場の定番ドリンクなのだろうか。

下町にあるのは憎しみだけでなく、同じだけの愛情もある。暴力的な母親もエンリコを憎むだけでなく、それ以上に息子を愛していることが分かる。やはり血のつながりというのは憎しみだけでなく、愛をも呼び起こすものなのだろう。日常でエンリコを殴りながらも、急に優しく抱きしめたりクリスマスにはプレゼントをくれたりするのだ。しかし、このような愛と憎しみの繰り返しの生活は穏やかではなく、疲れを感じさせるものでもある。エンリコ少年の人生のような、これほどまでに憎しみと愛の混ざり合った物語はなかなかないだろう。

この小説は1943年に発表されたという。狭く汚いアパルトマン、罵り合う隣人たち、アル中の父親に暴力的な母親。この時代のパリのべルヴィルはこんな風景が実際にあったのだろうか。パリの下町はますます興味深い。読んでいて思い出したのはレーモン・クノーの『地下鉄のザジ』(1959)。あちらもパリを舞台に子供を主人公にした小説だが、ザジがコメディの要素が強くシュルレアリスム的であるのに対し、エンリコはより現実的であり、事実作者の実体験にかなり近いのだろう。ラストは作者の生い立ちと重なって悲しい結末であるが、まるで愛と憎しみの具がごった煮になったどんぶりのような小説である。
[PR]
by kou-mikami | 2015-11-08 18:19 | パリの小説
村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで
久しぶりに村上春樹を読みました。
彼の新作が出ることは一つの大きなニュースであり、
それを読むことはどんな海外の風景よりも私を興奮させてくれます。
そのため、パリの記事とは関係ありませんが
ここで書かせていただきます。

e0141635_14213582.jpg


彼の作品を旅行でたとえるなら、
異国や見知らぬ遠くの土地へ飛行機で行くのではなく
近所に不意に出現した不可解な路地を散策する感覚。
どんな枠にもとらわれない奇抜な会話とストーリーなのに
自分の心の中にある不安と共鳴する音を持っています。

タイトルについて

『色彩と持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
最初は不可思議で長いタイトルだと感じていましたが、、
読んだ後には、この物語の重要な要素が全て詰め込まれた秀逸な題字だと思いました。
たしかに主人公は多崎つくるで、彼はたしかに色彩を持たないと自分自身を考えており、物語の中心はたしかにある意味で彼の巡礼の年になりました。
タイトルにはほぼすべてが凝縮されています。
それでいて読まなければ全く内容が分からないのが
彼の作品のすごいところでもあります。

主人公多崎つくるについて

主人公、多崎つくるはどこまでも村上春樹的な主人公。
36歳独身で、駅を設計するエンジニアの仕事についています。
都内に住んでいますが親からの資産があってお金には困らず、
女性にもそこそこもてますが体の内部に空虚を持っている。
人付き合いはいいけれど、いつも他人と距離をとっている。
家では洗濯をしアイロンをかけ、プールに泳ぎに行ったりする。
つまり、これぞ村上春樹という主人公です。
そのことが私を安心させ、すぐにその世界へ入って行けました。

物語のあらすじ(核心部分には触れていません)

物語は大学生時代の主人公が死を考えるところから始まります。
高校時代に仲の良かった5人グループの中に多崎つくるはいましたが、
ある時を境にそのグループから理由もなく追放されてしまいます。
それ以来、彼は仲間の誰とも会わずに東京で一人暮らしを続けます。
一時期は死を考えながらもかろうじて生き延び、卒業して社会人になります。
そして追放された理由も分からずに16年の歳月が流れます。
36歳になった彼はガールフレンドの助言を頼りに
追放された理由を求めてかつての仲間に会う旅に出かけます。

追放されなければならなかった理由を探ることが
この小説の一つの核でありミステリー的要素とも言えます。
しかしその理由が通常考えられるものではない世界に属するところが、
村上春樹の作品の質であり、彼にしか描けない多くの人に共感する
深い物語世界の秘密とも言えそうです。
そしてそこには普遍的で人生の示唆に満ちた思索が含まれています。
それこそが村上作品が世界中で読まれる理由だと思います。

あいまいで多義的で謎に満ちた会話

村上春樹と言えば、登場人物たちの会話にも特徴がありますね。
その会話は今回の作品でも健在です。
相手の謎を引き出すような問答や、曖昧で暗喩に満ちた説明、
ウィットの効いた比喩など、日本人の会話とは思えないものばかり。
しかも登場人物全員が同じような喋り方をするため、
主人公と話している時以外の場面ではわき役たちはどんな話し方をしているのか気になってしまうほど。
しかしそんな変わった会話が普通に行われていることこそが
村上春樹の世界の魅力でもあります。静かで強く恐ろしい。
その会話がなくなってしまったら、その作品の魅力も半減するでしょう。

『色彩を持たない多崎つくる・・・』の舞台設定

また舞台が日本だけでなくフィンランドも登場するところも
この物語に重層的でリアルな趣を与えています。
村上春樹にとって土地勘のある名古屋が主人公の故郷として
出てくるところにもリアリティがあります。

小説に登場する音楽について

そして今回もやはり音楽が重要なキーワードになってきます。
フランツ・リストの『巡礼の年』は「第1年」「第2年」「第3年」からなるピアノ独奏曲集。その中でも特に「第1年」に収録されている「ル・マル・デュ・ペイ」(Le Mal du Pays)はフランス語で「田園風景が呼び起こす哀しみ」という意味で、主人公が恋していた高校時代の友人がよく弾いていた曲です。この音楽がストーリーの中で大きな意味を持っています。小説のタイトルにある「巡礼の年」はおそらくこの曲名からとられています。

気になった点について

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで
気になった点が大きく分けて3つありました。
一つ目は最後まで解決されない謎です。
それはグループと別れてからできた唯一の友人、灰田の存在です。
彼は主人公と話が合い、よくつくるの家に遊びに来ましたが、
どこまでも謎に満ちていて、彼が話した自分の父親の逸話や、その後休学して主人公の前から消えるなど、彼の存在や意味がほとんど謎のまま物語が閉じられています。
(そんな謎があることが人生だと言われればそれまでですが)
小説全体のモチーフとなる音楽レコードを主人公の家に置いて行った彼がその後どうなったか、具体的な形では描かれていません。
私の読みが甘いせいかもしれませんが、その点が心にひっかかっています。

もう一つは主人公のガールフレンドの存在です。
彼の巡礼の旅のきっかけやアドバイスをくれる重要な存在ではありますが、
今一つ主人公が彼女に恋をする決定的な理由が見当たりません。
彼女は旅行代理店に勤めており有能ではありますが年上の男性とも付き合っているように見受けられる場面もあり、
彼女が主人公の中に占める大きさに納得できる特質があまりなかったように思えました。
つくるの心を大きく動かした彼女との出会いやエピソードがもっとあればいいなと個人的に感じました。

最後の一つは後半の物語におけるストーリーのスピードです。
小説は最初から最後まで深く興味深い旅ではありましたが、
もう少し後半で大きな衝撃や何かがあればよいなと思いました。
簡単に言えば、後半で若干スピード感が弱まるような感触を受けました。
言いかえれば説明的で概略的な文章が微妙に増えたような感じがしました。
しかしそれは読者それぞれの感覚によるものだと思います。
それにもましてこんな世界を読者に与えてくれる彼の筆力に
ただただ驚き、すでに次回作を期待せずにはいられません。

リンゴの味そのものではなく、リンゴというものの本質を味わせてくれるような
彼にしか描けない独自の不思議であまりに深い世界。
今回も素晴らしい小説を出してくれた村上春樹にただ感謝します。
[PR]
by kou-mikami | 2013-04-20 14:37 | パリ関連・その他



パリ関連の記事やフランス映画を紹介するブログです。パリの写真・観光情報は写真サイト「パリの写真」を御覧ください。
by kou-mikami
パリの写真
カテゴリ
全体
フランス映画
パリの子供
パリの映画
パリの脇役
パリの動物
パリの中の異国
パリのアート
パリの街角
パリの落書き
パリのシルエット
パリ郊外にて
パリの作家・芸術家
パリ関連・その他
パリのお店
パリの公園
パリの文化
パリの小説
パリの演劇
未分類
最新の記事
ジャック・ドワイヨン『ラブバ..
at 2017-02-02 09:27
フランソワ・オゾン『彼は秘密..
at 2017-01-30 08:51
イングマール・ベルイマン『仮..
at 2016-02-05 19:21
ミシェル・ウエルベック『服従』
at 2015-12-11 08:15
ウジェーヌ・イヨネスコ『犀』
at 2015-11-22 12:20
以前の記事
2017年 02月
2017年 01月
2016年 02月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 08月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 06月
2013年 04月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 10月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 09月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
お気に入りブログ
最新のトラックバック
「パリ、ただよう花」
from ここなつ映画レビュー
映画『ホーリー・モーター..
from INTRO
検索
タグ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧