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レオス・カラックスの新作『ホーリー・モーターズ』
2013年1月27日渋谷ユーロスペースで
レオス・カラックスの新作『ホーリー・モーターズ』を観てきました。
長編としては前作『ポーラX』以来13年ぶり。

日本ではジュリエット・ビノシュ主演の『ポン・ヌフの恋人』の監督として知られ、
名優ドニ・ラヴァンと30年に渡って仕事をしてきたレオス・カラックス。
その彼が10年以上の沈黙を経て、衝撃的な新作を見せてくれました。

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『ホーリー・モーターズ』のストーリーについて

ストーリーはある男の一日を描いたSFともとれる物語。
大企業の重役であるオスカー氏はリムジンに乗り、朝からパリへ向けて移動する。
しかしパリへ着いた途端、彼は物乞いの老婆に変身しパリの橋をうろつき始める。
最初は単なる変装かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
彼はリムジンに戻るたびに次々に違う人物に「変身」し、その「人生」を真に生きていく。
物乞い、CG内のドラゴン、地底の怪物、殺人者、父親、年老いた富豪。その数11人。
様々な人生を肉体の躍動をもって生き、次の瞬間には別の人物へするりと変わっていく。
そしてその日最後に行き着く休息地も、明日への始まりのための仮初の宿でしかない。

最大の疑問点1:演技をやらせているのは誰か

映画自体がSF的なので現実的でない部分が多いのですが、
疑問に思った点があります。
それはオスカー氏が様々な演技をするように指示しているのは誰かということ。
変身メイクを行うリムジンにはマネージャーらしき女性運転手が同乗していますが、
その組織自体が何の目的で演技をやらせているのかは分からない。
しかしこれこそが読者に委ねられた疑問かもしれません。
それは人生とは何かが分からないように、その疑問を背負いながら
生きていかなければならない私たち自身への問いかけでしょう。

最大の疑問点2:オスカー氏以外の人間も演じているのか?

この映画の中ではオスカー氏だけが変身してパリの街を生きているように思えます。
しかしオスカー氏と出会った人々には、オスカー氏が何者かと訝る人はなく、
全員がオスカー氏をそこに生きる人間・家族として受け入れています。
それは何故なのか疑問でした。
しかし、途中で老紳士を演じたオスカー氏と親密だった女性が実は演技だったように
もしかしたら周りの人間全員がオスカー氏のような演技者なのかもしれません。
皆があのリムジンで変身しながら移動し、降りた先で別の人間を生きる。
それはまさに現代の私たちの生活をそのまま映しているようにも思えます。

映画の中の変身、人間の憧れと疲れ

上記の2つの疑問点を考えると、
この映画はまるで私たちの人生そのものを示唆しているかのようでした。
私たちは日々の生活の中で様々な役柄を演じています。
それはそのような人物でいたいという変身願望だと思います。
またはそのような役柄を演じなければならない社会の圧力です。
しかし、人間そう簡単に変身することはできず、結局元の自分に戻らなければなりません。
そのような人生を生きる人間の憧れと疲れを名優ドニ・ラヴァンが見事に演じています。
役から役へ変身する合間にテンションが若干下がって元の自分に戻るシーンが
印象的でした。それも日常的ですね。

印象的だったエピソード

11人を生き分ける彼の演技はどれも印象的でしたが、特に強く残ったのは
地底の怪物(短編『メルド』に出てきた怪物)と家庭の父親のエピソードでした。
墓場で見つけた美女をさらって地底に連れて帰る怪物の不器用な挙動が
神秘的でありリアル。ヨーロッパの宗教絵画を見ているような神聖ささえありました。
また怪物とは180度変わって、パリに住む一般家庭の父親も印象的でした。
娘をパーティー会場から自宅に送り迎えする父親が
見栄を張って嘘をつく娘に言った「お前は自分自身を生き続けるという罰を受けなればならない」というセリフはこの映画の本質そのものを言い当てている気がします。

面白かったエピソード

リムジン内で怪物に変装途中のオスカー氏(ドニ・ラヴァン)が
日本のと思われるお弁当を箸で慌ただしく食べている場面は
なんとなくカラックス監督の日本文化への小さな興味を感じられてよかったです。
また怪物が墓のお花をムシャムシャ食べる狂気ぶりも目に焼き付いて離れませんでした。

閉鎖中のパリデパート「ラ・サマリテーヌ」の映像美

また『ホーリー・モーターズ』は映像も美しく神秘的でした。
カラックス本人が登場する目覚めのオープニングからドニ・ラヴァンが最後に到達する休息の場所まで、パリを中心とした美しい世界を観客に見せてくれました。
特に閉鎖中のパリのデパート ラ・サマリテーヌの美しく退廃的な内部映像を観られたのは収穫でした。アールヌーヴォーの階段、そして屋上からのパリの眺め!
サマリテーヌデパートの中で主人公のオスカー氏は昔の恋人と再会します。
このときだけは変身していないオスカー氏の本当の姿が現れますが、
それでさえかつての恋人に「あのときの私たちは誰だったの?」と問いかけられ、
その後恋人は悲劇的な結末を迎えます。

ひたすら一人の人間の「変身」という行動を追い続けた異色の映画『ホーリー・モーターズ』
この映画は行為の主体である人間の「聖なる原動力」についての映画であり、
それは「真の生き方」を意味しているのかもしれません。


上映後の監督のインタビュー

映画上演後はレオス・カラックス本人が舞台に登場し、トークショーがありました。

―13年ぶりの長編映画制作について
とにかく早く新しいものを作りたかったとのこと。
そのため低予算、パリでの撮影に限定、ラッシュは見ないという原則で
この映画を作ったと言っていました。

―ストーリーについて
彼によれば『ホーリー・モーターズ』はSF映画を想定して作ったものだと言います。
主人公が11人の別の人間に変身する姿を追い続けた躍動感溢れるストーリーは
現実世界ではありえないだけにSF映画とも感じられましたが、その一つ一つの断片は
非常に日常的なリアルさを感じさせてくれました。
それだけに日常生活を別の側面から描いた物語ともいえます。

―30年来の仕事仲間であるドニ・ラヴァンについて
彼は友人ではないしプライベートでは一度も会ったことがないとのこと。
カラックス監督の家とドニ・ラヴァンの家とは200メートルほどしか離れていないらしいが、一緒に食事したことは一度もないというのには驚きました。
ドライな感じがしますが、クリエイティブな関係とは意外とそんなものなのかもしれません。

―自分が監督して寡作である理由について
自分自身が変わったと思えないと新しい映画が作れないと言っていました。
そして人間はそう簡単に変わることはできないとも。
そのためこの10年以上の間、新しい映画が作れずに気が狂いそうだった
と話していました。

―映画について
映画について大事なのは人間の動き、行為であると話していました。
なのでモーション・キャプチャーで作ったCGはすでに映画ではない。
ドニ・ラヴァンの肉体と動きは素晴らしく、彼の全てを撮りたいとのこと。

―俳優について
カラックスは俳優には興味はなく、あるのは我々自身についてだと言っていました。
彼の映画を観ると、そのことがよくわかります。

本当の自分などはなく、常に何かを演じ続けなければいけない嘘の人生と、
自分自身を変えることはできない疲れ。
カラックスの新作は人間の苦しみについての美しい映画でした。

ホーリー・モーターズ "Holy Motors"
(2012年/115分/フランス)
監督:レオス・カラックス
出演:ドニ・ラヴァン、エディット・スコブ、エヴァ・メンデス、カイリー・ミノーグ、ミシェル・ピコリ、レオス・カラックス他
by kou-mikami | 2013-01-29 10:26 | パリの映画
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