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カテゴリ:フランス映画( 9 )
クロード・ルルーシュ『男と女 人生最良の日々』
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2019 Davis Films - Les Films 13

時の流れはただただ美しい。

それは何故だろう。おそらくそこには変化があるからだ。堅牢な城も時の流れを経て崩れ、小さかった芽は緑豊かな大木となる。

人間も同じだ。小さかった子供が20年の時を経て大人になり、さらに30年を経て成熟した男女となる。20年ぶりに再会した男と女が美しいのは、お互いの人生に流れた時を尊重しているからだろう。しかし、それからさらに30年の時を経て同じ男女が人生の後半で出会ったとき、そこにはどんな会話が生まれるのだろうか。フランスの監督クロード・ルルーシュの最新作『男と女 人生最良の日々』はそんな男女の長い再会の物語だ。

時代は1960年代。男ジャン=ルイはスピード狂のレーサー。人生を生き急ぐかのようにラリーに取り憑かれている。女アンヌは映画制作の記録係。スタントマンの夫とともに好きな映画を仕事にしていた。パリに住む男と女は互いにパートナーを不幸な形で失った後、子供を預けているドーヴィルの寄宿舎でたまたま出会った。それが有名な『男と女』の物語だった。その20年後を描いた続編が『男と女II』であり、シリーズの3作目となる『男と女 人生最良の日々』はそれから50年後の奇跡とも言える再会を描いている。

しかしジャン=ルイの日々の記憶は消えようとしていた。80歳を過ぎて体力も記憶も衰えた彼は高齢者施設で暮らしている。自分を探しに来たジャン=ルイの息子から施設の場所を聞いたアンヌは、施設を訪れて彼の記憶を取り戻そうとする。緑あふれる高齢者施設の庭で交わす30年ぶりの二人の会話は、自然で奇跡的で美しい。しかし、そこには確実な老いがあり、記憶のすれ違いがあり、ある種のあきらめが含まれている。アンヌはジャン=ルイの記憶を取り戻すため、彼をドライブに誘いかつての思い出の地ドーヴィルを目指す。男も女も乗る車も昔と同じだが、世界は確実に変化している。交通規則は厳格になり、二人の運転はおぼつかない。

映画には主演の2人の他にも「男と女」が出てくる。ジャン=ルイの息子アントワーヌとアンヌの娘フランソワーズだ。彼女たちも両親と同じく久しぶりの再会で、そこには感動というよりは気恥ずかしさがある。しかし2人はすぐに意気投合し、互いの仕事の話をしながら仲を深める。アントワーヌは文筆業をして、フランソワーズは馬の専門医をしている。互いに自分の仕事に誇りを持っている二人の会話は聞いていて心地いい。そんな大人の会話を聞いていると、無邪気にはしゃいでいた50年前の2人とつい比較してしまい、時の流れに驚きを禁じ得ない。さらに驚くことに、この2人もジャン=ルイとアンヌと同じく、『男と女』に出てくる子供時代のアントワーヌとフランソワーズが演じている。つまり『男と女』の家族がそのまま50年後を演じているのだ。その圧倒的なリアリティを含んだ映画の空気感は唯一無二のものだろう。
後半からストーリーはまるで老いたジャン=ルイの頭の中のように夢と記憶が混ざり合い、それが本当に起こったことなのか曖昧になる。

しかし、スクリーンに映るのはノルマンディーの自然と2人の男女という確かな存在だ。大事なのは過去の事実の検証ではなく、あの日出会った男女が50年の時を経て同じ場所に存在しているという今だ。それは実際に『男と女』と同じ俳優が演じていることからフィクションを超えた強いリアリティを生む。印象的だったのは、かつて電話交換手を介して連絡を取り合い電報で愛を伝えていた2人が、ノルマンディーの浜辺でiPhoneを使ってセルフィーを撮る場面だ。そんな文明の道具の変化を描くことで、50年の月日が流れていることをさり気なく伝えている。あのときの2人が本当にその場所にいるという事実。クロード・ルルーシュ監督は日本初上映の時の舞台挨拶で「同じ監督が同じ俳優を使って同じストーリーを撮ること。これは映画史上ないことです」と自身の代表作である『男と女』のエピローグに当たる本作について語っている。

この映画は時の流れ、人間の存在そのものだ。記憶が失われかけても、思うようにいかなくても、人生は素晴らしい。

『男と女 人生最良の日々』"Les Plus Belles Années d'une vie"
公開:2019年
監督:クロード・ルルーシュ(Claude Lelouch)
キャスト:ジャン・ルイ・トランティニヤン(Jean-Louis Trintignant)、アヌーク・エーメ(Anouk Aimée)、スアド・アミドゥ(Souad Amidou)、アントワーヌ・シレ(Antoine Sire)
音楽:フランシス・レイ(Francis Lai)

by kou-mikami | 2019-06-29 11:49 | フランス映画
クロード・ルルーシュ『男と女II』
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themoviedb

クロード・ルルーシュの名作『男と女』の続編があると知ったのはつい最近のことだ。
あの美しいラストのあと、2人がどうなったかは本来観客の想像に任せる部分であるが、続編『男と女II』"Un homme et une femme : Vingt ans déjà"は大胆にも2人の20年後を描いている(それがいいことなのかどうかは評価が分かれるところだろう)。

映画は派手なカーレースから始まる。まるで短い人生を早回しで生きようとするかのように飛ばしている。
ジャン=ルイはいまだにカーレーサーの仕事をしていることが分かる。昇進し、パリ・ダカールラリーの総監督をしている。年はとって中年になったが仕事も恋も現役のようだ。そしてあの時小さかった子供はすでに成人し、映画の中では結婚直後の様子が描かれる。そして驚くことに息子の妻の妹が今のジャン=ルイの恋人なのだ。この設定にかなりの突飛さを感じたが、フランスではありえるのかもしれない。おそらく、若い女性とすでに若くないアンヌとの対比を描くためにこのような設定にしたのではないだろうか。

対するアンヌは映画のスクリプター(記録係)からプロデューサーに昇進しているが、今制作中の映画はトラブル続きのようで疲れ気味だ。そんなとき、娘で舞台女優のフランソワーズが自身の出演する劇場でジャン=ルイを見たという話を聞く。果たしてこの展開にリアリティがあるかというと疑わしい。当時幼い少女だったフランソワーズが20年ぶりに見かけたジャン=ルイをすぐに識別できたことには違和感を感じる。

とはいえ、それをきっかけにジャン=ルイとアンヌは20年ぶりに再会した。久しぶりに彼に会って感極まったアンヌは、ジャン=ルイに20年前の2人の出会いを映画化することを提案する。最初は断ったジャン=ルイだったが、2人の過去をなぞるように映画制作を手伝うようになる。それと時を同じくして、精神病棟から患者が逃亡する事件が起きる。一見映画の筋と無関係のように思える展開だが、それは次第に2人の映画制作に関わってくる。

今回は続編だけあって、前作の回想シーンも多用されファンには嬉しい。その一方で、やや前作を美化しすぎていて説明的な部分が多く、また話が突飛過ぎる面もあり、今までなかったサスペンス要素が混じり合って違和感があった。なんだか有名となった前作の知名度を借りて、無理に作り上げたような印象も残る。
しかしこの映画で貴重なのは、『男と女』を撮った20年後に同じ監督が同じ男女の俳優を使って続編を完成させたこと。これは並大抵のことではないし、すでに若くはない2人の男女の恋愛をどう描くがについても様々な壁があったはずだ。

私はこの映画を見ながら、まるで『大人は判ってくれない』の続編であるドワネルシリーズを見るかのような興奮があった。そこに物語展開の強引さがあっても私は目をつぶりたい。前作の舞台であったドーヴィルの海岸やホテルが出てきたことも懐かしさを覚え、変わりゆく男女と変わらない自然風景の対比が印象的だった。
同じ男女が20年後に出会う。その存在をスクリーンに映すだけでも、それは奇跡に違いない。

そしてその奇跡はさらに30年後にも再び実現した。2019年に『男と女Ⅲ』が完成し、『男と女』から53年後の2人の新たな再会が描かれる。

『男と女II』"Un homme et une femme : Vingt ans déjà"
公開:1986年
監督:クロード・ルルーシュ(Claude Lelouch)
キャスト:ジャン・ルイ・トランティニヤン( Jean-Louis Trintignant)、アヌーク・エーメ(Anouk Aimée)
音楽:フランシス・レイ(Francis Lai)

by kou-mikami | 2019-06-28 09:34 | フランス映画
クロード・ルルーシュ『男と女』
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LES FILMS 13 / COLLECTION CHRISTOPHEL / AFP

これ以上ないシンプルなタイトルの映画がある。

『男と女』。1966年のカンヌ映画祭でグランプリを獲得し、無名だったクロード・ルルーシュ監督(Claude Lelouch)の名を世界的に知らしめた名作であり、フランスの恋愛映画としてあまりに有名な作品だ。主演はジャン・ルイ・トランティニヤン( Jean-Louis Trintignant)とアヌーク・エーメ(Anouk Aimée)で、二人は当時から人気の俳優だった。しかし、なによりもこの映画を有名にしたのは映画に挿入されたフランシス・レイ(Francis Lai)の曲だろう。「ダバダバダ…(Daba Daba Dab)」という耳に非常に残るスキャット(ジャズなどで使われる意味のない言葉)が印象的な美しい曲で、ピエール・バルー(Pierre Barouh)とニコール・クロアジール(Nicole Croisille)が歌っている。しかし、映画がコンテンツとして大量消費される社会になった現代では、この映画を知る人も減ってきたのかもしれない。フランス映画は日本で観られる映画の主流から外れ、大量の予算と広告費をかけたハリウッド映画が幅を利かしている。しかし2019年にルルーシュ監督が同じ俳優を使って53年後の物語『男と女Ⅲ 人生最良の日々』を完成させたことは往年のフランス映画ファンを喚起させたに違いない。

だからこそ、今再び、53年前に作られた『男と女』を観ることは意義のあることだと個人的には感じている。
男ジャン・ルイはスピード狂のレーサー。人生を生き急ぐかのようにラリーに取り憑かれている。女アンヌは映画制作の記録係。スタントマンの夫とともに好きな映画を仕事にしていた。パリに住む男と女は互いにパートナーを不幸な形で失った後、子供を預けているドーヴィルの寄宿舎でたまたま出会い、物語が始まる。ちなみに、フランス・ノルマンディーにある高級保養地ドーヴィルはこの映画の公開後に一躍有名になった。

改めて見直して印象的だったのは、2人が自分たちの子供と接するオープニングのシーン。アンヌは海辺で娘におとぎ話を語りかけ、ジャン・ルイはふざけながら息子に車の運転をさせる。ジャン・ルイと息子の会話はなんとなくゴダールの映画を彷彿とさせる。主役は男と女なので子供の登場シーンは少ないが、その分、子供たちが自由に会話をしたり浜辺を走り回るシーンは記憶に残る。またそれは大人中心の社会であるフランスを反映している部分もあるだろう。

2人が出会ってからの物語はジャン・ルイのレースシーンや寄宿舎のあるドーヴィルでのランデブーを経て、二人が最後に出会うパリでクライマックスを迎える。これからの2人の行く末を観客に想像させるところで映画は不意に終わる。

『男と女』が「フランス恋愛映画の金字塔」や「永遠の名画」などと言われるのは、おそらくそれがリアリティを欠いた物語だからだろう(リアリティがあるのは本当のレースを撮影したシーンくらいだ)。それでいながらタイトルは"Un homme et une famme"(ある男とある女)。その普遍的な言葉が観る人を惹きつける。また低予算で作られた作風も今となっては貴重なもので、限られた制約の中で作られた本作は、偶然要素が多く、それが逆に魅力になっている(予想外の雨のシーンなど。監督は撮影時に雨が降っていたから雨のシーンにしたと語っている)。そして当時の不鮮明な粗い画質と映画の半分を占めるモノクロ映像が、現在では再現できない謎に包まれた美しさを保ち、まるで琥珀のような輝きを持っている。

自由奔放なジャン・ルイの無邪気な笑顔と美しいアンヌの控えめで優しい笑みは観た後も消えることはない。その後、20年を経て、2人の再会を描いた『男と女Ⅱ』が1986年に公開され、2019年にはエピローグとして『男と女Ⅲ 人生最良の日々』が公開された。再会、別れ、再会。昔から繰り返しされる男女の普遍的な物語。何度でも観たくなる男女の出会いがここにある。

『男と女』"Un homme et une famme"
公開:1966年
監督:クロード・ルルーシュ(Claude Lelouch)
キャスト:ジャン・ルイ・トランティニヤン( Jean-Louis Trintignant)、アヌーク・エーメ(Anouk Aimée)
音楽:フランシス・レイ(Francis Lai)

by kou-mikami | 2019-06-24 15:50 | フランス映画
クレール・ドゥニ『ハイ・ライフ』
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"HIGHLIFE"(写真:Alcatraz Films)

クレール・ドゥニが初めて挑んだSF
映画には様々な状況設定があるが、その中でも多いのは銀河を探索する宇宙船内というシチュエーションかもしれない。遠い銀河への有人探査はまだ現実になっておらず、そこには未来への希望と無限の可能性が満ちている。しかしクレール・ドゥニ監督の新作『ハイ・ライフ』にそのような希望は全く見られない。宇宙船に乗っているのは囚人であり、彼らの向かう先は全てを飲み込むブラックホールだからだ。そして船内では囚人たちを使ったある実験が行われていた。

『ハイ・ライフ』は『ショコラ』『パリ、18区、夜』『ネネットとボニ』などの代表作で知られるフランスの監督クレール・ドゥニが初めて挑んだSF映画。囚人モンクをイギリスの俳優ロバート・パティンソンが演じ、囚人たちを管理する科学者をフランスの女優ジュリエット・ビノシュが演じている。他にも『サスペリア』に出演したミア・ゴスなどの才能ある若い女優が共演している。ジュリエット・ビノシュが体を張って挑んだ妖艶で衝撃的なシーンも各メディアで話題になった。


欲望が渦巻く宇宙船

舞台は近未来の宇宙。地球を離れて宇宙を突き進む一隻の宇宙船が物語の舞台。乗っているのは死刑や終身刑を言い渡された囚人たち。彼らは刑の免除と引き換えにある危険な実験の被験者として宇宙探査に参加していた。それは地球に帰還する見込みのない片道の旅。いわくつきの囚人たちが集まった閉鎖的な船内では争いが耐えず日常化していた。鬱屈した欲望が渦巻く宇宙船だが、そこは同乗する一人の科学者によって徹底的な管理がなされている。セックスは禁止され、歯向かった者は罰せられる。その代わりに性欲処理のためのマシンが設置されており、船員一人ひとりが自分に適した方法で性欲を満たしていた。主人公モンクは以前はそれを使って性欲を満たしていたが、今は修道士のような禁欲生活を行なっている。しかしある実験のために科学者はモンクを利用し、それをきっかけに船内の緊張はさらに高まっていく。


映画全体に満ちる静けさと親密さ

あらすじだけ読むと、よくあるシチュエーションスリラーを想像するが、映画自体はむしろ穏やかで芸術性を感じる。船内で栽培される植物をクローズアップした美しいシーンから始まり、船内で育てられる赤ん坊と父親の家庭的な生活が前半に描かれる。映画全体には静けさと親密さが満ち、それが逆にこれから起こる悲劇を想像させる。『ハイ・ライフ』のようなSF映画は今まで観たことがなかった。フランスの女性監督、そしてクレール・ドゥニだからこそ作れた繊細で壮大な世界だろう。あえて言うならば『エヴォリューション』のような美しい悪夢と『2001年宇宙の旅』のような普遍的な深淵さを感じさせる。設定としてはSFによくあるものかもしれないが、そのテーマはシンプルでいて簡単に答えがでない。


欲望を制御した管理社会に生命はあるか

映画を観て記憶に残ったのは液体の描写。水、血液、精液、母乳。全ては人類の生命に必要なもの。最初に出てきた人工植物のシーンは瑞々しく美しく、実験のために採取される囚人たちの精液はどこまでも無機的だ。争いによって吹き出る血液は死を連想させ、妊娠した囚人の胸からあふれ出る母乳は豊かな生を連想させる。宇宙船自体が一つの液体なのかもしれない。それは地球から宇宙に送られた希望なのだろう。

またこの映画の特徴は、謎を全て解明せず、人間の愛憎が引き起こす行動の描写に時間をかけたことだろう。宇宙船での実験やミッションの目的はあくまで物語の背景であり、その密室で暮らす人間たちの欲望と葛藤、そして絶望の中で見出す希望がこの映画の肝となる。禁欲された社会だからこそ、そこに人間の欲望が垣間見える。そして欲望を制御した管理社会では果たして生命の維持はできるのだろうか。我々が行き着く先の生命について問いかける、難解で見ごたえのあるSF

人類の美しさを見出した圧倒的なラスト

ラストシーンの美しさと壮大さは、数あるSF映画の中でも特に群を抜いている。未知の世界への覚悟、それを可能にしているのはやはり愛だろう。絶望を感じるのは人間だけだが、その中に希望を見つけるのも人間だけ。ブラックホールに向かう宇宙船の中で人はどんな生き方をすればいいのか。圧倒的な絶望の中で希望を見出すシーンがどこまでも美しい。

この映画はSFだが、欲望の映画であり、愛の映画でもある。

“HIGH LIFE”2018年)

監督・脚本:クレール・ドゥニ

出演:ロバート・パティンソン、ジュリエット・ビノシュ、アンドレ・ベンジャミン、ミア・ゴス


by kou-mikami | 2019-03-13 15:23 | フランス映画
アッバス・キアロスタミ『24フレーム』
「世界で最も○○な」といった表現は好きではないが、この映画に関してはどうしても使いたい。アッバス・キアロスタミ監督の遺作である『24フレーム』を観て来た。これは、間違いなく世界で最も美しい映画の一つだと思う。この映画はアジアの映画作家の育成に大きな影響をもたらす映画祭「第18回東京フィルメックス」(2017)の特別招待作品として上映された。

最近のキアロスタミ監督の作品ではよくあるように、いわゆる映画的なストーリーはない。写真が撮られた瞬間、その前後にはどのようなことが起こっているのかという発想を基にして作られた作品のようで、いわば映画と写真が融合されたような実験的で不思議な世界となっている。
『24フレーム』はタイトルの示すとおり24章で構成され、各章4分で区切られている。しかもカメラは完成された絵画のように常に固定され、動くことを頑なに拒んでいる(それがタイトルにあるフレーム、つまり写真的な「枠」を意味している)。それはまるで石のような無機物から見た視線のようだ。最初の章だけ、ピーテル・ブリューゲルの絵画『雪中の狩人』をモチーフにした映像作品になっているが、それ以外はキアロスタミ監督自身の写真を基にして映像化したオリジナル作品のようだ。大雪の中で威嚇しあう鹿、大自然の中でさえずる鳥、海辺で寝そべる牛、サバンナで佇むライオンなどが、固定された映像の中でただこの瞬間を「動」もしくは「静」として生きている。他にもエッフェル塔を眺める家族たちや、高速道路の近くにいる鳥、窓辺のパソコンなど、人間世界の一部を切り取ったような章もある。
しかしどの章にも共通するのは、作られたストーリーはないこと。そこにあるのは偶然が生み出す美しさ。ただ動かない、ただ動く。作られたストーリーがないからこそ、ある瞬間に生まれる生き物たちの動きは奇跡的である。それでいながら、完全に計算された構図は絵画的で、写真家でもあるキアロスタミらしい。そして、固定された映像は、世界のどこかに確かに存在するその場所だけが持つ力を秘めている。

世界は、人間たちが中心となって作り出した人道的・友愛的な美しさでだけはない。そのほとんどは自分が生きることだけに誠実な本能が支配する世界である。人間たちの支配が行き届かない、それら全ての場所がかけがえのない美しいものであることを彼の映画が教えてくれる。「美しさとは何か」という問いは難しいが、その答えの一つはこの映画の中に見出せるかもしれない。

世界の大部分はストーリーがない場所で占められており、ほとんどの人はそのことに気づかないか、見かけても何もないと判断して通り過ぎてしまう。しかしこの映画はそんな場所に根気強く光を当て、世界はこのような美しさで満ちていることを私たちにそっと教えてくれる。最初に彼の映画を実験的で不思議な世界と書いたが、実際にはそうではないかもしれない。もともと世界は、キアロスタミ監督の描く世界そのものだったし、今もそうである。そのことをただ人々が忘れてしまっただけなのだろう。

ストーリー偏重の最近の商業優先の映画界の中で、この映画は巨大な大陸から離れた孤島の中の孤島だ。そんなひっそりした場所に息づくこの映画を観終わったとき、世界は多様性に満ちていることに気づく。監督自身はこの映画の完成前に惜しくも他界した。彼はあまりにも美しいものをこの世界において、旅立ってしまったのだ。

24フレーム "24Frames"
アッバス・キアロスタミ / 2017年
イラン・フランス合作

by kou-mikami | 2017-11-27 10:02 | フランス映画
ジャック・ドワイヨン『ラブバトル』

恋愛映画というものは数多くあるが、
ジャック・ドワイヨン監督の『ラブバトル』は
今までの恋愛映画が決して描かなかった部分のみで構成された映画といえる。
そしてだからこそ、最も自然で普遍的な愛を描くことに成功したのだろう。

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"Mes séances de lutte"より

この映画に物語はほとんどない。登場人物の背景もほとんど語られない。
父の葬儀のために女が生まれ故郷に戻ってきたところから始まる。
フランスらしい美しい自然豊かな田舎の村だ。
女が隣家の男と再会し、次第に愛し合う。この映画にあるのはこれだけだ。
しかも通常のセックスではなく、激しい争いのような体のぶつけ合い。
愛が愛と呼ばれる前の原始的で荒々しい男女のもがきだけ。
それゆえに新鮮で美しく、観る者を圧倒する。
泥の中でもがきあう2人の姿はまるで神話の世界を見ているかのようだ。

しかし、映画の中の男と女は何故こんなに激しく闘うのか。
生身の体をぶつけ合うことで2人は何かから開放されようとしているのかもしれない。
文明の発達によって人間は頭で思考するようになり、そのために肉体が置き去りにされた。
そして愛が意識化で語られるものとなり、窮屈になってしまった現代。
2人の愛情表現はそんな現代に失われてしまったものを取り戻そうとする闘いのようだ。
それは人間が本来持っていた肉体、そして古代の平穏さなのかもしれない。

監督は母を失くした4歳の少女を描いた『ポネット』(1997)で有名なジャック・ドワイヨン。モーリス・ピアラ、フィリップ・ガレルらとともにポスト・ヌーヴェルヴァーグといわれている監督。『ポネット』は主演の少女が第53回ベネチア映画祭主演女優賞をわずか5歳で最年少受賞したことでも有名で、今回の映画はその公開から16年ぶりの劇場公開作品(2013年に公開)となる。
ちょっと不思議なタイトルである『ラブバトル』(原題"Mes séances de lutte")の由来はポール・セザンヌの名画"La Lutte d'amour"から。
4組のカップルが全裸で組み合っているその絵画の複製を監督は机の上に貼っていた。そしてそこから得られるものを書かなければいけないという衝動に駆られたという。

「女」役は『L'AMOUR EST UN CRIME PARFAIT』に出演したサラ・フォレスティエ、「男」役はチャールズ・チャップリンの実孫で俳優や舞台演出家として活躍するジェームズ・ティエレ。どちらも素晴らしい体当たりの演技でジャック・ドワイヨン監督の熱意に応えている。登場人物が極端に少ないが、単純に男と女の行動に絞ることで、根源的で激しい愛をまるで絵画や演劇のように肉体として描くことに成功した。

18世紀頃からヨーロッパでは、情熱的な愛を雷に例えたが、それは古代から現代まで変わらない人間の感情だと思う。ただそのあとの過程が現代では洗練され、古代ではもっと直接的で荒々しいものだったのかもしれない。『ラブバトル』はその再現ともいうべき唯一無二の映画かもしれない。

ストーリーを描くのではなく、ひたすら男女の行動だけを描く。人間が本来もっている激しい根源的な愛を描いた映画。

『ラブバトル』"Mes séances de lutte"
2013 / フランス
監督:ジャック・ドワイヨン
主演:サラ・フォレスティエ、チャールズ・チャップリン


by kou-mikami | 2017-02-02 09:27 | フランス映画
フランソワ・オゾン『彼は秘密の女友だち』

親友の夫に女装趣味があることを知ってしまったら。『8人の女たち』『17歳』などで知られるフランソワ・オゾン監督の最新作『彼は秘密の女友だち』はそんなハプニングから人を惹きつける珍しい映画だが、自身がゲイであることを公表しているオゾン監督の作品であれば、とくに驚くものではない。

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画像:映画『彼は秘密の女友だち』より

物語の舞台は緑豊かなパリ郊外の高級住宅地。そこに住むクレールは病気で亡くなった親友の夫であるダヴィッドが女装趣味を持っていることを偶然知ってしまう。一人で子育てをするダヴィッドの様子を見に出かけていったとき、彼が妻の服を着て子供をあやしているところを見てしまったのだ。最初は嫌悪感から逃げ出してしまったクレールだが、妻を失ったデヴィットを慰めるために彼の家を訪問するたびに、その趣味を受け入れていく。しかしある日、デヴィッドと2人で旅行に出かけたことがクレールの夫にばれてしまう。

女装に目覚めて新しい自分を見つけていくダヴィッドの嬉しそうな顔がすごくいい。ダヴィッド役であるロマン・デュリスの演技の素晴らしさによるものだ。そこには新しい人生を思う存分に生きる、うらやましくなるほどの開放感がある。そしてダヴィッドが女性の性に目覚めるのと呼応するかのように、クレール自身も女性の性の魅力にはまりこんでいく。女装趣味という秘密を共有することで、2人の「女友だち」が性別を超えたなにかを発見していく友情ストーリーともいえる。トランスジェンダーの問題を扱ったフランス映画は多いが、そこにあるのは複雑で難しい恋愛ではなく、実はシンプルな恋愛と友情だけ。フランス映画の素晴らしさはまさにそこにある。

今までと違う自分として生きるのはとても勇気がいること。自分が何者なのか悩み、社会に受け入れられるのか不安になるはずだ。だけどその先には本当にやりたかった人生が待ってるかもしれない。女装は少々極端な例かもしれないけど、外見を変身させることで違う人生を歩むことだってできる。それはきっと開放的で素晴らしいことなのだろう。『彼は秘密の女ともだち』のダヴィッドのように。

『彼は秘密の女友だち』"Une nouvelle amie"
2014 / フランス
監督:フランソワ・オゾン
主演:ロマン・デュリス、アナイス・ドゥムースティエ
原作:ルース・レンデル『女ともだち』


by kou-mikami | 2017-01-30 08:51 | フランス映画
クリス・マルケル『サン・ソレイユ』
アテネフランセ文化センターでクリス・マルケルの『サン・ソレイユ』を観た。
アイスランドから始まり、東京とアフリカの日常風景を写したドキュメンタリー。
エッセイ映画の傑作とされ、80年代の日本映像としても貴重な作品だ。

なぜ数ある国の中で日本とアフリカを撮影したのか。
クリス・マルケルは映画の中でこう言っている。
「僕の絶え間ない東西往復は、この生の存続の二つの極地への旅なのだ」

つまり、生と死の壁が薄い国(アフリカと日本)への興味をそのまま写し取ったのが『サン・ソレイユ』であり、その視点ゆえに彼の目を通した映像は美しく幻想的でさえある。映画の中ではあまりにたくさんの言葉や思想が語られているので、少々疲れてしまうがそれ以上にこの映画を観る自体が刺激的な冒険となる。

クリス・マルケルは映画の中で様々な言葉を残している。

「思い出は、忘却の反語ではない。僕たちは思い出によって記憶を取り戻すのではない。歴史を書き直す様に、記憶を書き直すのだ」

「動物たちは、カーニバルで蘇ったが、新たな干ばつとともに石となってしまうだろう。それが、豊かな国が忘れてしまった生の存続状態なのだ。しかし、そのことを忘れていない例外的な国がある。そう、日本だ」

監督の提示する映像や言葉を完全に理解する事は不可能であるし、それゆえに
様々な解釈や見方ができるから何度も見れるし面白い。
一つの明確な答えを出すハリウッド映画の対極をいく作品だろう。

80年代の東京の映像を見ることへの興味は尽きない。
まさに自分が生まれた頃。なんだか懐かしく、
また遠い国の風景のように感じるのは、撮影したフランス人監督の眼で街を観ているからだろうか。監督の日本への尽きない興味を感じさせる映像とナレーション。
また『サン・ソレイユ』を観て、初めて竹の子族の映像をまともに眺めることができた。

東京の街。ビデオカメラやスマートフォンさえあれば、誰もが同じように撮ることができる。
しかし違うのは視点だ。『サン・ソレイユ』の監督クリス・マルケルの撮影した東京は、
明らかに日本を外側から撮った映像だ。異邦人の視点から撮った興味と熱意、
そして答えのない疑問。だからこそ新鮮で美しい。

今はなき改札の駅員の絶妙な切符さばき、電車内で眠る日本人の顔、猫の寺、
ゲームセンターの電子音、デパートの展覧会を覗くように観る日本人の顔。
クリス・マルケルの日本への興味がそのまま映像に投影されている。

タイトルはムソルグスキーの歌曲「日の光もなく」から。
クリス・マルケルは映画の中で彼の曲を使っている。
『サン・ソレイユ』は監督が異国について日々考えていたストーリーの細部やモチーフ、
そして好きな曲で構成されたエッセイ作品といえるだろう。

クリス・マルケルの『サン・ソレイユ』を観てイヴ・シモンの小説『すばらしい旅人』を思い出した。写真家アドリアンが始まりの地を求めてアフリカと日本を旅する物語。
どちらの作品もアフリカと日本を神秘的な「生の二極地」としてとらえているのが興味深い。

映画はラストで冒頭に出てきたアイスランドの少女の風景に戻っていく。
監督が「幸福の映像」と言った少女3人の映像は、島の妖精たちの戯れのようにも見えてくる。
この冒険の行きつく先は何なのか。日本人としてこの映画をどう観ればいいのか。
生涯を通して何度も見直したい映画の一つである。

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サン・ソレイユ "Sans Soleil"
1982年 / フランス
監督:クリス・マルケル
ナレーション:池田理代子
by kou-mikami | 2015-08-17 00:22 | フランス映画
クリス・マルケル『ラ・ジュテ』
アテネフランセ文化センターでクリス・マルケルの『ラ・ジュテ』を観た。
1962年製作のフランスのSF映画で、作成手法が一風変わっている。
映画なのに映像ではなくモノクロ写真の連続によって作られた不思議な作品で
「フォトロマン」と呼ばれる手法だという。

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タイトルの『ラ・ジュテ』(La Jetee)は「空港の搭乗用通路」や「防波堤」を意味するフランス語で、空港が映画の中で重要な意味を持つ。
わずか28分の映画なのに、過去の記憶というものをこれほど深い眼差しで描いた映画は他にないだろう。私にとって忘れられないフランス映画の一つとなった。

物語の舞台は第3次世界大戦で荒廃した未来のパリ。
そのためパリの街並みは全く映されず、場面のほとんどが暗い地下だ。
地下に住み着いた支配者は汚染されていないエネルギーを別の時代に求め、
捕虜たちを実験台にして過去への時間移動を試みる。

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しかし過去への旅行は精神的なダメージが大きく、
被験者となった捕虜たちのほとんどは途中で意識を失ってしまう。
時間移動には「強い意識」をもった人間が必要で、
最終的に一人の男(主人公)が実験台として選ばれる。
主人公は過去にオルリー空港の送迎台で出会った女性に
もう一度会いたいという「過去への強い想い」があった。
そして数回にわたる過酷な実験を繰り返し、
ついに過去へと戻り、その女性と再会する。

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映像の中には具体的な未来の風景はほとんど出てこない。
その状況がナレーションによって語られるだけだ。セリフもない。
それなのに、言葉によって凝縮された世界観は観るものを強く刺激する。
ある意味、絵画的な物語構造をもった映画と言えるかもしれない。
また未来を描くSF映画であるのに、物語の中心は過去の世界というところも
面白い。(最終的には舞台である未来のさらに未来へと移動もするのだが)

印象的だったのは、過去に戻った主人公が女性と剥製博物館を見学するシーン。
この場面を観ていてブレッソンの『やさしい女』の一場面を思い出した。
永遠に固定された動物たちの存在は、二度と戻らない過去、もしくは時間の一瞬の美しさを暗示しているのだろうか。
もしかしたらフランス人は剥製が好きなのかもしれない。

またこの映画は過去だけでなく、さらに先の未来世界へも移動する。
そのときにパリの未来的映像が俯瞰図で表現されていたが
その細胞を拡大したようなパリ風景が個人的に気に入った。

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一部を除いて全編写真(静止画)によるショットが続くが、
それが全く退屈しなかったのは映像とは異なる写真の魅力のせいだろう。
特に主人公が出会った女性の固定された顔の表情は写真ならではの表現だ。
映像よりも一瞬を切り取った写真本来の力を見た気がした。
また『ラ・ジュテ』が写真の連なりによって構成されているのは、
失われた過去を描いた映画だからなのかもしれない。
表現手法そのものが、この映画の本質を伝えている。

この実験的な映画は若手フランス映画監督に贈られるジャン・ヴィゴ賞を受賞し話題となった。
監督のクリス・マルケルはヌーヴェルヴァーグを代表する映画監督であると同時に
写真家でありジャーナリストでもあった。
ちなみに主演のエレーヌ・シャトランとダヴォ・アニシュは
生涯でこの映画にしか出演していない。
その後『ラ・ジュテ』は多くの映画監督に大きな影響を与えた。
ジャン=リュック・ゴダールの哲学的要素の強いSF映画『アルファヴィル』や
『ラ・ジュテ』を原案としたテリー・ギリアムの『12モンキーズ』は
その顕著な例だろう。
ハリウッドでいえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ターミネーター』にも影響を与えている。

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この映画が教えてくれるのは「時というものの不可逆性」だ。
過去へ戻ることはできない。時の流れは常に一方通行だからだ。
過ぎ去ってしまった「時」について、誰もその在り処を知ることはできない。
だからこそ過去の記憶の在り処を探る主人公の時間移動が
今まで見たこともない美しい旅へと観客を誘う。
たとえラストに悲劇があろうとも、主人公が垣間見た断片的な女性の顔こそ、
彼が帰るべき場所だったのだろう。

絶対に取り戻せない過去というものを刹那的であれ取り戻すことによって
この映画はSFの傑作となった。

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『ラ・ジュテ』"La Jetee"
1962年 / フランス
監督・脚本:クリス・マルケル
出演:エレーヌ・シャトラン、ダヴォ・アニシュ
by kou-mikami | 2015-08-14 11:02 | フランス映画



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